児童養護施設を出た瞬間から自立を迫られる子どもたち
民法改正により令和4年(2022年)4月1日から成年年齢が20歳から18歳に引き下げられました。
成年になると、携帯電話を購入する、クレジットカードを作る、高額な商品のローンを組む、これらが親や法定代理人の同意がなくても契約可能になります。未成年者取消権※が適用されなくなった途端、言葉巧みに強引な勧誘をする悪質な業者もいます。
児童養護施設の子どもたちは原則18歳で施設を離れます。就職や進学と同時に一人暮らしを始める子どもがほとんどです。
頼る家族のいない子どもたちは、施設を出た瞬間から自活をしなくてはなりません。
生きていくために重要なお金の管理。
トラブルを避けるためには、お金に関するさまざまなルールやリスクを知った上で、冷静に判断する力を身につけることが大切です。
しかし、お金の管理に関する知識と経験を獲得する機会が極端に少ない児童養護施設出身の子どもたちが、社会の中で困難に遭遇することは想像に難くありません。
※未成年の場合、親や法定代理人の同意がない契約は原則として取り消すことができる
あいであるの「マネークリップ」
自分の収入で生活費を賄い、貯蓄をして予期せぬ出費に備えていかなくてはならないということは、施設でも折に触れて子どもたちに伝えられています。しかし、施設では子どもたちが実際にお金を使う機会がとても少なく、職員のみなさんもお金の持つ豊かさと怖さという相反する面の教育には頭を痛めているのが現状です。
さらには、自分の将来に向けて蓄える、長い人生の中で必要となるお金「ライフプランニング」ということまで、施設職員が子どもに教えるのは荷が重いことです。
お金は使い方さえ間違えなければ、人生を心豊かに過ごすための最強のツールとなります。どうしたら、ネガティブな印象を持たせないよう、難しくなく、暗くなく、説教臭くなく、子どもたちにお金の使い方を知ってもらうことができるのか。
「公益財団法人あいである」(以下、あいであるといいます)では、オリジナルツール「マネークリップ」を開発し、生活費やお金の管理、コミュニケーションの仕方を、楽しくゲーム形式で体験できるレクチャーを、施設職員や施設で生活している子どもたちに提供することにしました。
社会に出たらどのような場面でお金を使うのか、そのときにどのような判断が必要なのかなど、カードで確認しながらゲームを進めます。経済活動を仮想体験することで、お金に関するスキルを身に付けることができます。
「マネークリップ」のレクチャー
あいであるが「マネークリップ」のレクチャーを行う岡山県の児童養護施設にお邪魔しました。
この日は、2つの児童養護施設が合同でレクチャーを受けます。参加する施設職員は6名。子どもたちが学校に行っている間に覚えます。
職員のみなさんは真剣そのもの。細かくメモを取りながらマネークリップに参加します。
あいであるの理事の吉田さんと事務局の三浦さんがレクチャーを開始します。
「一人暮らし」「最低限必要な物はそろっている」「正社員として就職」という前提条件を確認してゲームは始まります。ルールは「赤字にしない(借金はしない)」という1点のみ。
最初の計画「1か月の食費をいくらにするか」ですでに迷います。使わない予定のお金は銀行(係の人)に預けます。
赤のカードが「出費」、青のカードが「アクシデント」、緑のカードが「良いこと」。
例えば赤いカードにはこんな出費があります。「(出勤の途中)急な雨、傘を持ってくればよかった!」というシチュエーション、身に覚えのある人も多いのでは。ここで傘を買うのを我慢する人もいるわけで(濡れたまま仕事に行くことの是非は別として)、お金を残す人とそうでない人の分かれ道はこういうところにあるのだな…と今更ながら気づきます。
カードには自己投資のための勉強や、困っている立場の人への募金なども登場し、多様なお金の使い方を教えてくれます。アクシデントや出費のカードが連続して出る人もいて人生ゲーム的な要素もあります。「買います!」「買いません!」の一言で、こんなに盛り上がるゲームも珍しい。
あいであるの吉田さんが折々に、「お誘いの上手な断り方」など人とのコミュニケーションに大切なことを教えてくれます。お金の管理だけではない、きめの細かいレクチャーが続き、1か月のお金の動き(収支)を追っていきます。
それにしても、お金が出ていく回数に比べて、入ってくるのは月1回の給料だけ。なんと少ないことよ…。
マネークリップの中には子どもたちが生きていく社会の縮図があるのでした。
施設を巣立つ子どもたちが社会の一員として生きていくために
レクチャー終了後に、お邪魔した児童養護施設の施設長さんにお話を伺いました。
子どもへの虐待が発見されにくくなっているためか、最近は中学生や高校生になってから入所してくる子どもも少なくないそうです。
18歳になるまでのわずかな期間で、社会で生きていくための知識や経験を積ませることは難しいことです。
とりわけ、お金の管理については施設長はじめ職員のみなさんが頭を悩ませてきた問題でした。
家庭の日常的な経済活動(買物や外食など)をあまり目にすることなく育ってきた子どもたちに、どのような教育が必要なのかと考えあぐねていたときに、あいであるの「マネークリップ」を知ったのだそうです。
「リアルな体験でなくても、(お金のことを)知っているのと知らないのとでは大違い」だと施設長さんは話します。
お金を使う場面で子どもたちが一歩立ち止まって考える、そんなきっかけを作ってくれるのが「マネークリップ」です。
養護施設から巣立つ子どもたちはたくさんの荷物やお金は持っていません。
でも「マネークリップ」のレクチャーは、これから長い人生を歩んでいく子どもたちの大きな財産になるに違いありません。
みなさまからのご寄付は、キャッシュレス決済への対応や契約関係の注意喚起など、成年年齢引き下げに伴うカードを追加制作する費用とさせていただきます。養護施設を巣立つ子どもたちが、金銭的なトラブルに巻き込まれることなく、自立した人生を歩めるよう、みなさまの温かいご支援をお願い致します。