晩秋の盛岡へ
宿泊したホテルの部屋には「てんとう虫が侵入するので、長時間窓を開けないでください」という注意書きが置かれていました。
が、晩秋の盛岡は寒いです。そもそも窓を長いこと開けていられる気温じゃありません。
というわけで、窓は開けず、だからてんとう虫に遭遇することもなくチェックアウト。
この日は快晴。ご褒美のように美しい岩手山を見ながら、集合場所の上米内駅に向かいます。
盛岡市上米内。紅葉の盛りは過ぎ、視界に入るのは赤や黄の名残の葉をつけた木々や常緑樹の緑、ときどき柿の実。水色を映した空が高く高く広がっています。
これから特定非営利活動法人ウルシネクスト(以下、「ウルシネクスト」といいます)の「ウルシの苗木の植樹」が始まります。
ウルシネクストからは理事長の柴田幸治さんはじめ4名がご参加。ウルシネクストと連携して「漆の森づくり」を進める一般社団法人次世代漆協会(以下、次世代漆協会といいます)の代表理事 細越確太さんが指揮をとります。
JR東日本盛岡支社からは8名のみなさまがご参加。そして、今回2回目の参加となる盛岡市出身で東京南麻布にあるdesignshopオーナーの森さんと、森林組合を経て岩手林業アカデミーで山を学んだ本多さん。
お金をまわそう基金からはスタッフ2名がお邪魔し、総勢17名で山に入ります。
本日の植樹の目標は500本。手順や注意事項を確認後、植樹の準備をします。
植樹作業
苗木は2mの間隔を空けて植えられます。
①2mの間隔を測る→②穴を開ける→③穴に肥料を入れる→④肥料の上に苗木を入れる→⑤穴と根や枝との間に隙間を作らないよう(隙間に水が入って凍らないよう)に土を入れてしっかりと固定する、という作業をひたすら繰り返します。
2mの計測をする人の後ろに4、5人がついて歩き、穴あけ、肥料、苗木、固定。作業の行列が山肌を登ったり下ったり。これ、マスクを着けた状態で長く続けているとけっこう大変です。途中で受け持つ作業を代わってもらいながら、ひたすら前の人を追いかけます。
傾斜がきつい上に、枝や落ち葉などで足元は滑りやすい。枝先を踏むと反対の枝先が近くの人に当たることもあるので、慎重に足を運びながら植樹作業を続けます。
遠くから「縦(上下)に移動するより、横(左右)に植えていく方が楽だよー!」という声が上がりました。確かに横移動の方がずいぶんと楽な気がします。皆も同じように感じるらしく、作業の列は横に移動を始めました。
こうしてウルシの苗木たちは「漆の森」の一員となるべく次々と山の斜面に根を下ろしていくのでした。
漆の森づくり
背中にうっすらと汗を感じる頃、「そろそろお昼にしましょうか」という待ちに待った言葉!
実は上米内に来る前に「福田パン」でコッペパンを購入してきたのでした。「やっぱりね、本店で買うと味も食感も違うんですよ」と、ウルシネクストの理事で地元出身の佐々木亨さんが、長田町の本店に連れて行ってくださったのです。「高校のときは購買で売っているのをおやつ代わりに食べていた」という、地元の方々にとっては青春の思い出も一緒に味わえる盛岡のソウルフードです。
斜面の切り株に腰かけて、大きなコッペパンを頬張ります。ほわほわの生地と甘いクリームが美味しい。疲れた体(というほど働いているかは置いといて)にしみじみと染み込んでいきます。
皆が腰をおろしているのは杉の切り株です。漆の森づくり(再造林)のために伐採された杉やカラマツは、原木市場やバイオマス発電の燃料などで役立てられています。
山の持ち主は細越さん。細越さんが代表理事を務める次世代漆協会は、ウルシネクストと連携しながら漆の森づくりのための植樹や育林を行っています。
漆や漆から派生する産業で、山林が生産性を発揮することを目標の一つとしています。
先祖から受け継ぐ広大な山林を、漆の森に転換することは大きな決断だったと思います。苗木を植えてもシカなどの獣害が深刻で、無事に育つかどうかは今のところ未知数。無事に育っても、漆が生産性を発揮できるかは早くても7,8年、通常だと10年から15年ほど先にならないとわからないのです。
それでも細越さんやウルシネクストの方々は、次々とウルシの苗木を植えていきます。漆の森がもたらす未来が見えているかのように。
これからのウルシネクスト
現在、国内で生産、利用される漆は全体の5%、残りの95%は中国産に頼っています。
日本の歴史的建造物には漆が使われており、継続的な修復によって維持、保存されています。国は国宝や重要文化財の修復には国産漆を使う方針を示し、必要となる国産漆の量を今後80年間に渡って毎年平均2.2トンとしています。しかし、減り続けた国産漆の供給量は、産地の努力で増えてきていますが、それでもまだ1.8トン程度しかありません。
また、国産の漆のほとんどが国宝や重要文化財の修復に使われるため、国内各地の伝統工芸や漆器製造に使われる漆は、ほぼ全てが中国産です。国産漆は「使いたくても手に入らない」という状況なのです。
「漆=Japanese lacquer」と言われるほど日本文化を象徴する「漆」。しかし、現在は中国産漆に過度に依存している状態です。
漆はウルシノキの樹液です。漆を増やすためにはまずウルシノキを増やさなくてはなりません。
苗を植えてから樹液が取れるようになるまでには長い時間がかかります。植樹から十数年かけて育てた1本のウルシノキから採取できる漆はわずか200cc。国が掲げる「年間2.2トンの国産漆」を確保することがどれほど大変かご想像いただけると思います。
ウルシノキの多くは一度樹液を採取すると伐採され、次の植樹を行います。
ウルシノキは自生しません。植樹から次の植樹までの循環を継続するには、人の手で漆の森を維持管理していく必要があります。
ウルシネクストでは、土地提供者や地域、自治体などが「漆の森づくり」に取り組みやすいよう、ウルシの苗木の提供や植樹の支援を行っています。
代表理事の柴田さんからメッセージをいただきました。
ウルシネクストでは、2019年の岩手県盛岡市上米内・藪川、福島県飯舘村をはじめ、2021年は岩手県紫波町、秋田県五城目町、宮城県南三陸町などで植樹を行いました。神奈川県秦野市とも2022年からの連携に向けた話し合いをしています。
多くの方から寄せられたご寄付は、ウルシの苗木の購入費に充てさせていただいています。 2022年春・秋は、さらに2,000本の苗木を仕入れ、これらの地域への継続支援や、新たに取り組みを検討している地域に支援を広げていきたいと考えています。 また、植樹のボランティア参加なども大歓迎です。 |
漆の未来に希望を託して
太陽が西に傾きかけた頃、目標だった500本の植樹が終わりました。
今日植えたウルシの苗木が、若芽を出し、青葉が茂り、枝が伸び、幹が太く大きく育つことを願いながら山を下ります。
植樹の二日後、上米内には雪が降りました。いよいよ盛岡の長い冬が始まります。
皆で植えた苗木が寒さやシカに負けませんように。いつか「漆の森」を見せてくれますように。
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https://okane-kikin.org/woknp/contribution/4102
※ウルシネクストの活動の様子や他団体との連携の情報などは過去のブログでお読みいただけます
漆が見せてくれる未来 〜漆の発信基地・上米内から〜
国産漆を後世につなげていくための「漆の森づくり」
未来へのギフト ~ウルシネクストの「漆の森づくり」~