漆が見せてくれる未来 〜漆の発信基地・上米内から〜

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漆が見せてくれる未来 〜漆の発信基地・上米内から〜

臨時列車「上米内*ウルシ号」

JR山田線は岩手県盛岡市と宮古市を結ぶ国道106号に沿って山間部を横断する全線単線のローカル線です。

県庁所在地の盛岡市と沿岸地域の拠点都市である宮古市を結んでいますが、マイカーや急行バスの普及により都市間移動の需要は少なく、現在は通学や通勤など地域の方々の移動を担う路線となっています。

2021年4月29日(木)、盛岡駅で限定ヘッドマークをつけた2両編成の臨時列車「上米内*ウルシ号」にたくさんの人が乗り込みました。

乗客の目的地はこの電車の終点。盛岡駅から3つ目の無人駅「上米内駅」です。

 

上米内駅が、漆をテーマに地域活性化を目指し、「漆の森づくり」の拠点としてリニューアルしたのが昨年の4月。残念ながらコロナ禍の影響でグランドオープンのイベントは中止となりました。

オープンから丸1年を迎えたこの日は、これまでサポートや応援をしてくださった方々へ感謝の思いを伝えるべく「リニューアル1周年記念祭」が感染対策を万全に整え、満を持して開催されるのです。

当日は200名を超す来場がありました

「漆の森づくり」の拠点 上米内駅

上米内駅に降り立つと、特定非営利活動法人ウルシネクスト(以下、ウルシネクストといいます)の理事兼首都圏支局長の佐々木亨さんが迎えてくださいました。

ウルシネクストは「漆と社会をつなぐ」ことで、漆への関心を高め、漆を支えている人や活動を支援し、国産漆を守り育てています。その活動の一環として、ウルシの植樹を行う⼟地提供者や⾃治体などが取り組みやすいよう、苗木の提供や植樹の支援を行っています。

ウルシネクストがお金をまわそう基金の助成先団体になってもうすぐ1年半。支援者様からのご寄付はウルシの苗木の購入に充てられ、ここ盛岡市上米内などに植樹されています。

 

JR東日本盛岡支社と上米内駅のリニューアルを手がけたのは、昨年の活動報告でもご紹介したウルシネクストのパートナー「一般社団法人次世代漆協会」の代表理事 細越確太さんです。

(昨年の活動報告はこちら⇒国産漆を後世につなげていくための「漆の森づくり」

開会式の挨拶で「リニューアルから1年が経過した上米内駅は、漆の発信基地としてだけでなく、地元の方々が毎日自然に集まる場所になりました」と話す細越さん。

無人駅なのに1年間でのべ1万人を超える来訪者が上米内駅を訪れたのだそうです。電車に乗る人だけが立ち寄る駅ではなく、地元の方々の居場所として親しまれ定着している様子が伺えます。

 

一日駅長の高橋薫さん

上米内駅のホームでは、白い駅長服を着た女性が車窓に向かって手を振っています。上米内駅のリニューアルの際に行ったクラウドファンディングで、一日駅長の権利を手に入れた高橋薫さんです。

任命式を終えた高橋さんは、ホームでお客様をお迎えしたり、取材を受けたり、来場者と記念撮影をしたりと大忙しです。

 

そんな高橋さんを捕まえてお話を伺いました。「上米内駅のリニューアルに寄付をしようと思われたのはなぜですか?」

「電車や駅が特別好きというわけではなかったんです。でも、無人駅が漆の発信基地としてリニューアルされ、それが地域の活性化につながるというところにとても惹かれ、お手伝いができたらと思って寄付をしました。」

「それと、やはり漆でしょうか。普段使いしている漆の器がとても気に入っているんです。美しい日本の器が、国産の漆で作られ受け継がれていくことは、とても素敵だと思います。」と、とても控えめにお話される高橋さん。

「寄付」という形で支援してくださる方の、生の声をお聞きできた嬉しい時間でした。

 

左から、佐々木亨さん、高橋ひなこさん、細越確太さん

漆産業の振興を願って

駅舎の前では、佐々木さんと細越さんが高橋ひなこさんとお話をしています。とても気さくで温かな雰囲気のこの女性は、衆議院議員で現在は文部科学副大臣を務めています。

「今日は私的な立場で来ているので」と、あくまでも来場者の一人としてその場に立つ姿はとても好ましく、その人柄が地元の方たちに応援されている理由がわかるような気がします。

 

高橋さんは環境問題にも熱心に取り組まれています。漆への関心も高く、自民党の「漆=japan研究会」の発起人のお一人でもあります。

佐々木さんは漆がご縁で2018年に高橋さんと出会い、2019年の「漆=japan研究会」の総会にはオブザーバーとして出席しています。

 

「党の漆=japan研究会では専門家のご意見を聞きながら漆産業の研究をしていて、私もいろいろと勉強させてもらっています。」

「漆や漆器は海外でjapanと呼ばれるくらい素晴らしい文化です。でも、日本の漆の自給率は5%未満です。漆器だけでなく、文化財の補修にも国産漆が使えるようにしていくためには、漆の森づくりと並行して、効率的に樹液を採取する技術なども研究していく必要があります。」

「盛岡の漆の仲間たちは次々と新しい取り組みに挑戦しているので、見ていて頼もしいです。長い時間がかかる事業ですが、この地を起点に漆産業が大きく発展していく様子を見守りたいですし、私も力を尽くしていけたらと思っています。」

ちなみに、高橋さんは元アナウンサー。歯切れ良く温かい言葉で語る地元愛と漆産業に対する想いは、心に沁みるものでした。

 

トークセッションの様子。左から細越確太さん、柴田幸治さん、松沢卓生さん、地元のゲスト井上さん、司会のさのりえさん

 

「漆」って儲かるの?

いよいよトークセッションが始まります。秋田から車で駆け付けたウルシネクストの理事長 柴田幸治さんも登壇します。

3回行われるトークセッションは、柴田さんのほかに、前出の細越さん、そして、こちらもウルシネクストのパートナー「株式会社浄法寺漆産業」の代表取締役社長 松沢 卓生さんが登壇し、回ごとに異なるゲストをお迎えします。

地元の井上さんと渡辺さん、やはり地元の「ゆいっこ米内村」村長の赤坂さん、漆作家の斎藤奈津美さん、無人駅のイノベーションを手がけている斎藤和也さんなどが次々とゲストとして登壇し、みなさんが漆の森づくりを歓迎し応援している様子や、漆の魅力、漆の可能性などについて興味深いお話が繰り広げられました。

土地を探し、漆の生育環境を整え、地元の活性化を目指す「次世代漆協会」、漆を通してさまざまな人とつながり、漆の利活用の可能性を探り広める「ウルシネクスト」、漆や漆製品を扱う傍ら国産漆の保全、継承に力を注ぐ「浄法寺漆産業」。それぞれがそれぞれの思いと役割を果たすことで、「漆の森づくり」の循環が出来上がっています。

 

ウルシネクストを代表して柴田さんが話します。

「最初、漆の話を聞いた時は「それ儲かるの?」くらいの気持ちだったんです。そのくらい、漆に対して思い入れも知識もありませんでした。」

「でも、漆と関わってみると、これがとても面白い。宮城大学の土岐教授とプラスチックフリーの研究をしたり、漆でSDGsのバッジを作ったりと、どんどん沼にはまり、今こうしてここに座っています(笑)。」

「漆は発芽作業から樹液採取まで、そのほとんどが口伝で行われてきました。だから、まだわからないことも多いんです。それらを科学的に明らかにしていくことで、今後さらに漆の利活用が広がるのではないかと思っています。」

「大学や企業も、SDGsに合致したサスティナブルな素材として漆に注目しています。うまくいくことばかりではありませんが、今後の事業展開が本当に楽しみです。」

 

この日の降水確率は80%。午後まではなんとか持ちこたえていましたが、3回目のトークセッションの最中に、灰色の空からぽつりぽつりと雨粒が落ち始め、瞬く間に本降りに。でもJR盛岡支社のみなさんが素早くテントを張ってくださり、トークショーは滞りなく進んだのでした。

16時。来場者が三々五々帰路に着きます。普段は静かな上米内駅に、この日は200名を超す来場があり、イベントは盛会のうちに終了しました。

漆が取り持つご縁をたくさん見せていただいたこの日。ウルシネクストの事業はパートナーや応援してくださる地元の皆さまのおかげで成り立っているのだと、改めて感じた一日でした。

左から、松沢卓生さん、細越確太さん、柴田幸治さん、佐々木亨さん

 

ウルシの苗木にテープを付けています

 

ウルシの苗木を植える

翌日。昨日からの雨も上がり、今日は細越さんの山にウルシの苗木を植えに行くのです。植林体験です。

今回はコロナ禍のため植樹ボランティアさんは募集せず、細越さんのほかに、地元の本多さん、千葉さん、舘野さん、そして細越さんの事業の協力者、デジタルコンテンツ会社の代表取締役 竹内力さんの計6人で、140本ほどの苗木を植えるのです。

 

昨夜の雨でぬかるんだ山道を車で登っていきますが、それも途中まで。車の入れない細い山道は、皆で作業道具やウルシの苗木を持って山に入っていくしかありません。

途中、鋭く深く樹皮がえぐられている木が何本もあります。「あー、それは熊だね。」って、怖いんですけど。

 

深い森を抜けるといきなり視界が開けます。ウルシの森に転換するために杉の木を伐採した山々。山の中腹の道以外は全て急峻な坂。切り倒された杉の枝や枯れ葉が雨に濡れて足元が滑ります。

目印のためにピンクのテープを巻いた苗木を、いよいよ山の斜面に植えていきます。

苗木を運ぶ人、苗木同士の間隔を2㍍ずつ空けて穴を開ける人、開いた穴に肥料を入れる人、苗木を穴に入れる人、苗木の根と土をしっかりと密着させ最後は踏み固める人、作業は手分けして効率よく進められます。

2m間隔に開けられた穴にウルシの苗木を植えます

 

遠くには春を惜しむように山桜が花びらを散らす美しい山々…を見る余裕もなく、転げ落ちそうな急斜面に苗木を1本1本大切に植えていきます。

斜面のいちばん端に開けられた穴に苗木を植えるときは、一瞬たりとも気が抜けません。足を滑らせたら最後、奈落の底まで滑り落ちそうで(実際はそんなことありませんが)ゾワゾワします。

 

と、山の上の方から甲高い動物の鳴き声が聞こえてきました。目を凝らしてみるとカモシカの姿が。何かを警戒しているのか、何度も何度も鳴き声を上げます。

実はこのカモシカ、ウルシの柔らかな芽や葉が大好物なのだそうです。「食料が来たぞ!」と仲間に知らせているのだとしたらユルセナイ…と、植樹をしたばかりのメンバーは思うのでした。

 

そろそろ足が上がらなくなってきたかも…、と思う頃合いに植樹は無事終了。お昼前には下山となりました。

ここで細越さんにお願いし、昨年の夏に訪れたウルシの畑まで連れて行っていただきます。

 

昨年の夏の様子 細越さんが指しているのがウルシの苗木

 

漆が見せてくれる未来

 昨年の夏は雑草たちにその存在をかき消されていたウルシの苗木たち。あれから9か月が経過し、成長したウルシたちに会えるのを楽しみにしていたのでした。

 

今年の春の様子 細越さんが指しているのがウルシの苗木

が…。ウルシは成長が遅いのでした。テープが付いていないと見落としてしまいそうなほど、まだまだ小さく頼りない姿です。でも、厳しい冬を越し、獣害に耐え、一生懸命に根を張ろうとしているウルシたちは健気です。

 

樹液を採取できるまで、15年ほど成長を待たなくてはいけないと言われているウルシ。

ところが、細越さんはここでも新たな研究を始めていました。

 

「6、7年ものの木を伐採し圧縮して樹液を取り出すという新たな採取方法を、岩手大学の関野教授と共同研究しています。これが成功すれば早いサイクルで樹液の採取とウルシの植え替えができるようになります。」

樹液採取のサイクルがこれまでの半分になれば、漆産業に携わる、あるいは携わろうとしている方々への大きな励みと希望になるに違いありません。

 

支援者様からのウルシネクストへの寄付金は、ウルシの苗木の購入費に充てられています。日本の未来への投資ともいえる多くの方からの寄付金が、漆の森を作り、その漆たちが漆器や文化財に用いられる日が、急に近くに見えたような気がしました。

漆は天然素材であり、安全で安心、漆の利用によって自然環境を破壊することもありませんし、その採取から製品作りの工程において大量のエネルギーを使うこともありません。

こうした漆の優れた素材としての可能性と、古くから漆を育み樹液を採取し、それを生活や文化、芸術などに活かしてきた日本人の知恵や自然との共生は、持続可能な社会の実現に寄与することでしょう。

 

前回訪れたときはウルシたちに「雑草に負けるな!」とハッパをかけたのですが、今回は植樹をしてきたばかりの身。ウルシたちには「カモシカに負けるな!」とエールを送ったのでした。

 

植樹後。ところどころ見える緑の若葉がウルシの苗木です。

 

 

 ~ご支援のお願い~

お金をまわそう基金では、特定非営利活動法人ウルシネクストへの寄付を受け付けています。

みなさまからのご寄付は、主要産地の岩手県や原発事故による耕作放棄地の活用を模索している福島県などに植樹するウルシの苗木の購入費に充てられます。

ウルシネクストは国産漆の保護・振興と過疎化する地域の活性化を目指し、漆の森づくりに取り組んでいます。

みなさまのご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

・いただいたご寄付は全額をウルシネクストにお届けします。

・お金をまわそう基金でのご寄付は税制優遇措置の対象となります。

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