子どもと「いじめ」の今

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子どもと「いじめ」の今

この10年間、「いじめの認知件数」は増え続けています。

今年の8月、文部科学省から「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の改訂が公表されました。この改訂により、重大事態調査への学校や関係者の対応が、より明確化されました。

文科省の「いじめ」に関する施策の背景には、いじめに苦しむ子どもたちがいます。施策がなされたということは、その点に問題があったことの裏返しでもあります。今、子どもたちと「いじめ」はどのような状況になっているのでしょうか。

統計などから分かる、「いじめ」の現在をお伝えします。

 

「いじめの認知件数」が過去最大

学校や教師がいじめを知ったり調査したりした「いじめの認知件数」は、2022年小学校で55万件、中学校で11万件、高等学校で1万5千件、合計67万8,916件に上りました。

文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」に基づき当財団作成

2012年の件数は小学校で11万件、中学校で6万件、高等学校で1万6千件の合計19万7,292件だったので、この10年の間に、小学校では約5倍に、中学校では約2倍に増加しました。では、今の学校は10年前と比べて何倍にも「いじめ」が増え、荒廃しているのでしょうか。

 

「いじめ」の定義の変化

1986年、文部科学省では、「いじめ」を「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」と定義していました。「深刻」で、学校がその事実を確認しているものが「いじめ」だったのです。

その後、いじめに関する大きな事件などを契機として「いじめ」の定義は変化しました。学校がその事実を確認したかどうかから、いじめられた子どもがどう感じたかを主に考えるという方向で何度か定義が変えられました。

今日の「いじめ」の定義は、2013年にできた「いじめ防止対策推進法」に定められています。いじめ防止対策推進法では、「いじめ」を「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」と定義しました。

被害を受けた子どもたちが苦痛を感じたら「いじめ」となるということで、「いじめ」の判断が学校主体から子ども主体へと変わりました。

この「いじめ」の定義が広くなったことが「いじめの認知件数」の増加に影響を与えている要因の一つと考えられます。

 

早期発見の推奨

2011年に大津市で中学2年生の生徒がいじめを苦に自殺した事件において、学校側が「いじめは無かった」と責任逃れをしたことが大きく報道されました。この事件が契機となり、2013年に「いじめ防止対策推進法」ができました。この法律では、学校がいじめ防止のため道徳教育等の充実、早期発見のための措置、相談体制の整備などを行うことが定められました。

併せて、文部科学省が、「いじめの芽」や「いじめの兆候」も「いじめ」であると、学校にいじめを積極的に認知するよう推奨しました。「いじめの認知件数が多いことは教職員の目が行き届いていることのあかし」としたのです。

これによって、今までは見過ごされていたようないじめが「いじめ」として認知され、数字に表れるようになってきたと考えられます。

2022年の調査で、いじめの内容として最も多いのが「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」で、小学校で31万件、中学校で6万9千件となっています。それに次いで「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、蹴られたりする」は小学校で14万件、中学校で1万5千件となっています。挙げられている選択肢の中では、軽度のものが多くなっていることがうかがえます。

文部科学省「令和4年 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」に基づき当財団作成

また、学年別の件数では、小学1年から3年生までが10万件を越えており、学年が上がるにつれて減少しています。学年が低いほどいじめの認知件数が多いという調査結果は、早期に把握して対応するためにいじめを積極的に認知し、その結果「いじめの認知件数」が増えたということを裏付けているように見えます。

文部科学省「令和4年 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」に基づき当財団作成

では、この「いじめの認知件数」で増加したのは、早期に把握された比較的軽度のいじめなのでしょうか。

 

重大事態の増加

いじめ防止対策推進法では、子どもたちの命や心を大きく傷つけるような深刻ないじめを「重大事態」と定めて、再発防止のために適切な方法で調査を行うことが定められています。重大事態のうち、「一号重大事態」は「いじめにより児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」、二号重大事態は「いじめにより児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」とされています。

文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」に基づき当財団作成

この重大事態の数も、いじめ防止対策推進法ができた2013年以降増加傾向にあり、2022年には、一号重大事態448件、二号重大事態617件、合計923件発生しました。学校別の内訳は、小学校で390件、中学校で374件、高等学校で156件となっています。

文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査」に基づき当財団作成

重大事態の増加が、深刻ないじめに傷つく子どもたちが増えているのか、それともこれまで見過ごされていた深刻ないじめが「いじめ」としてきちんと把握されるようになってきたのか、調査の数字だけでは分かりません。しかし、数字の数だけ深く傷ついた子どもたちがいることは事実です。

「重大事態」をめぐっては、深刻ないじめにもかかわらず、「重大事態」としての対応が行われなかったケースがありました。それが今回の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の改訂につながっています。傷ついている子どもたちが必要な対応を受けられるよう、新しいガイドラインがその助けになるよう願ってやみません。

 

「いじめ」防止のために

今、学校にはいじめだけでなく、児童虐待や保護者からの過剰要求など、様々な問題が押し寄せています。その一方で、教師の過重労働や教師不足の問題があり、教員が全ての問題を担うことが難しくなっています。また、多様な家庭環境の問題や、子どもたちの心の問題など、解決には教育以外の専門的な知見を要する問題もあり、学校だけですべての問題に対応するのは困難な状況となっています。

そこで、臨床心理士など「心」の専門家であるスクールカウンセラー、家庭や周囲の環境に着目して支援をおこなうスクールソーシャルワーカー、学校にアドバイスや助言を行う弁護士であるスクールロイヤーなど外部の専門家の協力を得て対応する試みが始まっています。

外部の専門家の知見を取り入れる取組みは、まだ端緒についたばかりで、導入が進んでいない学校もあります。今後、いじめの防止や、いじめに悩む子どもたちに手を差し伸べる制度の充実がいっそう進むことを願っています。