日本の文化 漆の話

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日本の文化 漆の話

オリンピックでは日本選手が熱戦を繰り広げ、「ジャパン」と読み上げる声が競技場に響くたびに、心が躍りました。ところで、英語には「ジャパニング」という言葉があります。

 

英語で「ジャパニング」とは

英語で「チャイナ(china)」というと、陶磁器のことを指します。明の時代からたくさんの陶磁器が中国からヨーロッパにわたり人々を魅了したため、陶磁器を「チャイナ(china)」と呼ぶようになったのです。

15世紀の南蛮貿易で日本からヨーロッパに蒔絵や螺鈿を施された美しい漆器が渡り、王侯貴族たちに愛されました。漆器の人気の高まりから、17世紀になるとイタリアで、漆器の美しさをワニスなどで再現する「ジャパニング(japanning)」という技法が生み出されました。そして17世紀から19世紀までイタリアやフランス、イギリスなどヨーロッパ各地で家具などの装飾に用いられ、文化を彩りました。

japanninngで装飾を施されたキャビネット(1765)Victoria and Albert Museum

 

そもそも漆とは何か

漆はウルシの木から採取した樹液のことで、日本、中国、朝鮮半島で天然の樹脂や塗料、接着剤として使われています。

東南アジアなどにもウルシの木があり、その樹液は天然樹脂として使われていますが、樹液の成分が日本や中国で使われているものと異なります。このため、日本で使われている漆は東アジア特有のものと言えます。

 

漆の作り方

漆を作るためには、まずはウルシの木から樹液を取ります。ウルシの木の幹に傷をつけ、しみ出てくる樹液を集めます。どこに傷をつけるのか等により取れる漆の量も変わってくる熟練の技が必要なこの「漆掻き技術」は、令和2年12月に「伝統建築工匠の技木造建造物を受け継ぐための伝統技術」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されました。

そうしてできたウルシの樹液は、ろ過されて木の皮などを取り除かれ、「生漆」となります。

さらに、用途に応じて、漆の成分を均一にするためによく混ぜる「なやし」という工程や、加熱して水分を蒸発させ、目的に応じた水分量に調整する「くろめ」という工程が行われます。

 

漆の色は黒?赤?

黒塗りの漆器があります。でも、朱色のお椀もあります。漆は何色なのでしょうか。

採取されたばかりのウルシの樹液は乳白色をしています。その後、酸化により、生漆は薄い茶色になります。

漆に細かい鉄の粉を加えると、化学反応をおこし真っ黒に変化します。これが黒色の漆になります。顔料で黒くなっているのではなく、漆そのものが黒くなるため、「漆黒」の深い黒色が出せるのです。

赤い漆は、漆に「辰砂(硫化水銀)」や「弁柄(酸化鉄)」といった赤色の顔料を混ぜて作られます。現代では顔料の開発が進み、鮮やかな赤や黄色、青、緑などのカラフルな色の漆を創ることができるようになりました。

 

漆が「乾く」とき

紙に塗った絵具が乾くとき、絵の具の中の水分が蒸発して乾きます。

ところが、漆が「乾く」のは、漆の中の水分が蒸発して乾くのではないのです。

ウルシの樹液には、60~70%のウルシオールという成分とごくわずかなラッカーゼという酵素が含まれています。

ラッカーゼがウルシオールを酸化し、ウルシオールの酸化が進むとウルシオールがつながって重合し、高分子化して固まるのです。

ラッカーゼが最もよく能力を発揮することのできるのは気温15~25度で湿度70~85%の場所。このため、漆の塗られたお椀などは、漆風呂と呼ばれる暖かくて湿度の高い部屋で「乾く」のを待つのです。

 

素材としてのポテンシャル

漆は水や酸、アルカリにも強く、熱にも強いですが、近年の研究で抗菌効果もあることが分かりました。

ガラス片にウイルスや菌を塗布し、24時間後に菌の数を数えた結果、無加工のガラス片ではいずれも菌が増えていましたが、漆が塗られたガラス片では、菌の数は1平方センチメートルあたり平均1.2個にまで減少していたのです。

「漆の抗菌性・抗ウイルス性試験 検証結果」より 日本漆器協同組合連合会

おせちなどの食品の保存に、漆で塗られた重箱が使われてきたのは、冷蔵庫の無い時代に食品を保存するための先人たちの知恵だったのです。

 

日本の漆の危機

ウルシの木の樹液は漆となり、実はろうそくの原料となります。このため、江戸時代には全国の様々な藩でウルシの栽培が奨励され、ウルシの林は保護されていました。

しかし、明治になり、藩の保護を失った漆の産出量は減少しました。産出量が減少し、漆の値段が高騰したため、明治11年から中国の漆の輸入が開始されました。そして明治44年には漆の輸入量は約700万トン、国内漆の産出量の3倍以上を中国から輸入するという状況となりました。

最近の40年間では漆の自給率は1~5%という低さとなっており、国内で使われる漆の大部分を中国からの輸入に頼っています。

しかし、その中国でも、経済成長に伴い漆の産業に携わる人の数が低下し、漆の生産量は減少しています。漆の輸入量も減少しています。このような状況において、日本の漆の文化を次の世代に繋げるためには、輸入に頼らず、国産漆の生産増加が必要です。

2018年以降、国宝・重要文化財の修復に使用する漆を国産のものに限定するという通達が文部科学省からなされました。それ以降、産地や漆に関わる人の努力により、漆の生産量は少しずつ増加しています。

ウルシの森の復活や職人の技術の継承など、様々な課題がありますが、生産量の増加はその中の明るい一歩です。