2024年6月16日にTOHOシネマズ錦糸町(東京都)でNPO法人AYAによる「AYAインクルーシブ映画上映会」が開催されました。
病気や障がいのある子どもたちとその家族を対象に、普段はなかなかできない映画館での映画鑑賞を楽しんでもらう取り組みです。
AYAの上映会は全国各地で開催されており、今後も様々な映画館で開催される予定です。
今回、お金をまわそう基金の伊藤も上映会にボランティアとして参加しましたので、上映会が求められている背景や当日の様子、団体の方の思いをお伝えします。
病気や障がいにより映画館で映画鑑賞できない子どもたち
全国には障がいのある子が約90万人、医療的ケア児が約2万人いると言われています。(※)
このような子どもたちにとって特に映画館のような多くの人が静かに利用する場所への外出は困難な場合が多くあります。
なぜなら、上映中に子どもが声を出してしまったり、立ち上がってしまったり、あるいは痰の吸引などの医療的ケアが必要になったり…家族が他の人の目を気にしてしまう状況が多くの場面で生まれてしまうからです。
バリアフリー化が進み、既にほとんどの映画館に車いす用のスペースが設けられています。
しかし、依然として“周囲からの視線”という途方もなく大きな障壁が病気や障がいのある子の映画館へのアクセスを阻んでいます。
他の子が気軽にできるのに、病気や障がいのある子には困難に感じられてしまうことをどんな子でも体験できるようにしたい、そのような思いから「AYAインクルーシブ映画上映会」は始まりました。
上映中に声や音が出ても大丈夫。普通の映画館での少し特別な上映会です。
※内閣府「令和5年版 障害者白書 参考資料(障害者の状況)」および厚生労働省「医療的ケア児支援センター等の状況について」より
上映会を迎える前に
上映会の前日までに、ボランティアには仕事の分担のほか、AYAが大切にしていることやご家族からのよくある質問まで記載されたわかりやすいマニュアルが配布されます。
AYAの上映会は全国の様々な地域で始まったばかりで、現地のボランティアの多くは上映会へ初参加となります。
そうした中でも、このマニュアルがあることで皆がしっかりと役目を果たせているのではないでしょうか。
私自身も与えられた役割を全うするべく、マニュアルを読み、上映会に期待を膨らませながら当日を待ちます。
当日の準備
そして、迎えた当日。
今回参加した上映会はボランティアの集合時間が8時半。ご家族を楽しく安全に迎え入れられるように、朝から準備を始めていきました。
今回の上映会をまとめてくださるのは、AYA 副代表理事の二宮浩久さん。
少し緊張した様子のボランティアの面々も、二宮さんの
「参加されるご家族に笑顔になってもらうために、こちらも笑顔で迎えましょう!」
という明るい一声で表情がふっと緩みます。
実は、上映会の取りまとめは今回が初めてという二宮さんですが、各自の分担をわかりやすく教えてくださり、準備はスムーズに進んでいきます。
ボランティアの方々に説明をされるAYA副代表理事の二宮さん(右から4人目)
上映前の大切な時間
開場時間になると、参加されるご家族が続々とシアター内へ。
車いすやバギーに乗っている子のほか、シアター内を元気に走り回る子もいて、病気や障がいのある子からきょうだい児まで様々な子が参加していることが分かります。
当日の私の役割は座席への案内であったため、案内をする中で様々なご家族と接することができました。
車いすの子がいればご家族の荷物を持ち、元気いっぱいで今にも駆けだしそうな子がいればその子の話し相手になるなど、ご家族が笑顔になれるようにボランティアは各自ができることをしていきます。
たまたま隣同士になったご家族同士で仲良く交流され、二家族の集合写真の撮影を頼まれることも。
こうして笑顔を見せてくれるご家族がいる一方で、中には周囲に迷惑をかけないか少し不安そうなご家族も見られます。
座席への案内が完了し、上映時間が近づくと二宮さんから全体への挨拶が始まりました。
「初めて映画館で映画を見る子ー!」
二宮さんの呼びかけに多くの子どもたちの手が挙がります。
手を挙げている子は、車いすに乗ったままの子も、座席に座ることができる子も、実際に車いすスペースや座席まで来ることはできています。
それでもこれまで映画館に来られなかったということは、やはり“周囲からの視線”が大きな壁として存在しているのかもしれません。
そんな子どもたちやご家族を安心させるように、二宮さんは語り掛けます。
「今日の上映会は、声を出しても席を立っても大丈夫です。そういったことは気にせず映画を楽しんでください。そして、もし他の人の声が聞こえてきても、“お互い様”という大らかな気持ちで許し合っていただければと思います。自然と“お互い様”と思えるようになるためにも、周囲のご家族同士で挨拶しあいましょう!」
ご家族同士の挨拶が終わると、それまで少し不安そうだったご家族まで晴れやかな表情に変わります。
こうして上映前の大切な準備が終わり、いよいよ多くの子どもたちにとって初めての体験が始まります。
AYAインクルーシブ映画上映会ならではの特別な体験
上映会では、初めて映画館に行く子や、途中で医療的ケアをされるご家族のためにシアター内が少し明るい状態で映画が上映されます。
それでも少し暗くなるため、映画が始まると子どもたちの「こわーい」といった声が聞こえてきます。
そうした子どもたちの声を聞いていると、自分が初めて映画館に行った時のことが思い起こされ、当時の何気ない体験が、今目の前にいる子どもたちにとってどれだけかけがえのないものか考えさせられました。
次第に怖がる声も収まり、時折楽しそうな声が聞こえたり、立ち上がる子がいたり、普段より少しだけ賑やかな映画の時間が流れていきます。
そして、楽しいエンディングテーマが流れると、大人も子どもも音楽に合わせて手拍子を打ち始め、そこには不思議な一体感が生まれていました。
これもまた、他の人と同じ時間と空間を共有する映画館でしかできない体験であると同時に、音を出しても問題のないこの上映会だからこそ実現できたことだと思います。
映画が終わると、上映会を実施するために協力してくださった配給会社の方や映画館の方からもこの活動への思いが語られ、改めてこの上映会のために多くの方が尽力されたことを実感しました。
最後に、AYA・配給会社・映画館・ボランティアの方々に対して参加者から温かい拍手が送られ、上映会は無事終了しました。
参加されたご家族の皆さんに手を振って見送っていると、大人も子どもも皆とびきりの笑顔で手を振り返してくれて、私も「この上映会に参加できて良かった」という思いでいっぱいになりました。
AYAインクルーシブ映画上映会への二宮さんの思い
上映会の後、二宮さんから上映会を開催される上で感じられていることについてお話をお聞きしました。
早速ですが、AYAの活動に関わられたきっかけを教えていただけますか?
普段は製薬関係の仕事をしていますが、そちらでも患者さんと実際に会う機会はほとんどありません。
そんな中で代表に声をかけられ、病気や障がいのある子と直接関われるAYAの活動に飛び込んでみることにしました。
ご家族の笑顔を見るたびに映画の素晴らしい力を感じさせられます。
でも、二宮さんはじめAYAの皆さんが温かい空気感を作り出されているからこそ、ご家族も笑顔になれるのだと思います。
上映会を実施される上でのやりがいも教えていただけますか?
最後に、ご家族を笑顔にしていくために、二宮さんの「社会をこうしていきたい」という思いをお聞かせください。
様々な“違い”のある人たちが、皆で“お互い様”と思って助け合える社会にしていけたら嬉しいですね。
お忙しい中、お話ありがとうございました。
編集後記
今回、この上映会で子どもたちが特別な体験をし、ご家族まで笑顔になっている様子を見ることができました。
同様の上映会は他団体によっても開催されていますが、AYAの場合は一つの団体で全国各地に展開していることが大きな特徴です。
それは、全国を飛び回るAYAスタッフ、協力してくださる配給会社・各映画館、参加される全国のボランティアといった団体内外の方々の協力があって初めて成り立つことのはずです。
規模が大きいため継続することにも並々ならぬ努力が必要だと思いますが、様々な人が「病気や障がいのある子のために協力したい」という思いで一つになったこの活動が広がれば、“お互い様”の優しい社会の実現はそう遠い話ではないのかもしれません。
活動に参加させていただき、映画館で初めての体験をする子どもたちや上映会開催のために尽力されている全国各地の方々、そして互いの“違い”を認め合える優しい未来に思いを馳せ、改めてこの活動の大切さを知ることとなりました。