公益財団法人あいであるは、児童養護施設を退所し自活を始める子どもが直面する「孤立感・孤独感」「金銭管理」という悩みを解決するため、2つの事業を行っています。
一つは、カードゲームでお金の管理を体験する「マネークリップレクチャー」、そしてもう一つは、児童養護施設と施設を退所した子どもをつなぐ「実家便」です。
今回は、6月に行われた神奈川県小田原市内での「実家便」発送作業を取材させていただきました!
児童養護施設を離れたあとの子どもの苦難
何らかの理由で家庭での養育が不適切とされ、児童養護施設で養育されている子どもは全国で約27,000人(※1)。入所理由は虐待や親の病気などが挙げられますが、子どもは適切に養育される権利を有しますので、施設では子どもが心身ともに健やかに成長できるよう、職員が家族のようにサポートして過ごします。
ですが、その多くは18歳になると施設を出て、約半数は一人暮らしを始めます。
アンケートによると、一人暮らしを始めた子どものうち5人に1人が、毎月の収支は収入より支出の多い「赤字」であると回答。(※2)。子ども達の生活の苦しい様子が伺われます。
また、頼ることができる家族や信頼できる大人が近くにいないため、トラブルに巻き込まれてもすぐに相談できず、問題が大きくなり生活が立ち行かなくなってしまうケースも少なくありません。中には家族とも施設ともつながりがない場合もあり、一人暮らしの中で命を失い、悲しいことに引き取り手が分からないという事例もあるそうです。
子ども達は、お金や仕事等への不安について自分を育ててくれた施設職員に相談したいと思っても、「目の前にいる子どもたちの養育で忙しくしているだろうな」、「退所した自分が相談したら迷惑ではないか」と考えてしまい、連絡することをためらいます。
施設の職員の方々も、施設を離れ一人暮らしする子どもを気にかけてはいますが、限られた人員や時間の中では、年々増える卒業生に十分なアフターフォローを実施することが難しく、もどかしさを抱えています。
(※1:厚生労働省子ども家庭局厚生労働省社会援護局障害保健福祉部『児童養護施設入所児童等調査の概要』令和 2 年 1 月、※2:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社『児童養護施設等への入所措置や里親委託等が解除された者の実態把握に関する全国調査』2021年3月)
課題解決を目指す「実家便」
あいであるは、経済的に苦しく孤独や不安を抱える子ども達に必要なのは、物質的なサポートとあわせて、社会に慣れていく過程の中で施設と連絡を取り易い、大人に頼ることができる環境を作ることだと考えました。
そこで2015年に始まったのが、生活に必要な様々なものを詰めたギフトBoxを一定期間子どもたちに送る「実家便」です。
送付先の子どもは、「実家便」の制度の利用を希望する児童養護施設を通して募ります。「実家便」は6月と12月の年に2回、施設を離れた年から5年間にわたって子ども達に送付されるため、児童養護施設の職員は退所した子どもへ年に2回は連絡取り、住所の確認や近況、困っていることがないか等を聞くアフターフォローの機会として活用できます。
「実家便」の特徴① 子どもの安全と健康に配慮
1回目の「実家便」の中には、食料品以外にホイッスルや携帯トイレ、ランタン等の災害時に役立つ防災用品を入れます。
「生活が苦しい中、子ども達にこういうグッズまで揃える余裕はありません。けれど日本は自然災害の多い国です。まずは子ども自身が身を守ることができるよう『実家便』に入れ、防災意識を高めてもらいたいという意図もあります。」と、あいであるの事務局、吉田倖子さんは仰いました。
実際に2018年9月に発生した北海道胆振東部地震で停電が続いた際、「実家便」を退所した子どもに送っていたある北海道の児童養護施設には、子ども達から「『実家便』を思い出して役に立った。特に、ランタンや非常食などすぐに使えて助かった。」と多くの声が寄せられたそうです。
もう一つは緊急連絡カード。子どもには、身近に頼ることができる家族がいないケースも多いです。災害時や急な病気、怪我など、万が一自分でその状況を説明できない時のために、緊急連絡先、医療情報等をカードに記入・携帯し、駆けつけた人が適切に対応できるよう、手元に備えておくことを勧めています。
また、2回目以降の「実家便」に毎回入れているのがお米2kg。何日分もの食事になることに加え、家で食事を作るきっかけにもなるようで、大好評です。「お米をもらったので、頑張って自炊します!」「お米を炊くために炊飯器を買いました。」という声が届いています。
「実家便」の特徴② 様々な応援メッセージ付き
もう一つの特徴は、一人ひとりにメッセージが同封されていることです。
まずは、児童養護施設の職員の方からのお手紙。施設では毎日顔を合わせて生活していたのに、施設を離れるとなかなか顔を合わせる機会がありません。実家便を通して、「あなたを気にしていますよ。何かあったら連絡して欲しい」と伝えるきっかけにしています。初めて受け取る職員からの手紙。忙しい職員が自分に手紙を書いてくれる。お互い照れ臭いこともあるでしょうが、「手紙が嬉しかった」と子どもに言われて、「職員自身の励みにもなっています。」との職員からの報告もあります。
また、あいであるの事務局からも、子どもに向けてメッセージを書いています。同封した防災用品の使い方や食品の管理の仕方、「時々は施設に連絡していますか?」と背中を押す等、子どもたちの生活や気持ちに寄り添います。
更に、協力企業のボランティアの方の応援メッセージも同封されます。ギフトのハンカチタオルも、応援メッセージ付きです。
物だけではなく色々な人からメッセージが届くことで、子ども達からは「社会との繋がりを感じられる」「社会全体で見守られている感じで安心できる」と、喜びの言葉が届きます。あいであるは、「自分を気にしてくれている誰かが自分のために何かを送ってくれる時のくすぐったいような嬉しさ、食料のありがたさ」を、子ども達にも是非感じて欲しいと思っています。
実家便発送作業
当日の作業には、あいであるの関係者の方4名とボランティアの方4名が集まりました。今回の発送対象は、2年目以降の継続支援の子ども509名分です。
「実家便」を発送する株式会社ニッパック物流さんに委託し、食料品等の内容物は箱の中に詰めた状態まで完了しているので、主な作業はお手紙などの個人情報が入った封筒の同封、梱包と宛名ラベル貼りです。
吉田さんは、「以前は箱詰めもボランティアの方にお願いしたこともあったんですが、作業への慣れや性格に向き不向きがあるのか、詰め漏れがあったり箱が潰れていたりして、チェックがとっても大変だったんですよ。だからその部分もニッパック物流さんに委託することにしました。」と笑います。
3チームに分かれて10時半に作業を開始。まず子どもへのメッセージを箱に入れ、ガムテープで封をして宛名ラベルを貼ります。その時、メッセージの宛名と宛名ラベルの氏名が同じかどうか、念入りに確認します。「せっかく『実家便』が届いても、メッセージが別の人に宛てたものだったら悲しいですよね。」と、吉田さん。受け取る子どもたちの気持ちを一番に考えて、入れ間違いがないよう慎重に作業を進めます。
梱包し宛名ラベルを貼り終わった「実家便」は30箱程まとまるとフォークリフトで移動。一息つく間もなく未梱包の「実家便」が次々と運ばれてきます。
お昼休みを挟み、作業は14時半頃に終了。あいであるのスタッフの皆さんのテキパキとした指示と、当日初めて顔を合わせたにもかかわらず、素晴らしいチームワークを発揮したボランティアの皆さんの働きにより、509箱の「実家便」の梱包は無事完了しました。(後日、新規支援の222名へ向け別途発送作業をしています。)
「実家便」へのご支援をお願いします!
皆さんの中にも若い頃に一人暮らしをして、一人暮らし先に届いた実家からの荷物に、励まされたり、心の安らぎを感じたりしたことがある方は多いのではないでしょうか。子どもはいずれ誰もが大人になり自立することを求められますが、18歳を境に急に一人で社会に出て、頼る親もなく全てを自分でやりくりしていかねばならない彼らの環境が過酷なのは、想像に難くありません。
児童養護施設を卒業した子どもにとって、「実家」のような存在である施設とつながりを作る「実家便」。将来、彼らが経済的にも精神的にも自立し、社会で活躍する大人になるための重要な役割を担っているのだということを、今回の取材を通して実感しました。
あいであるでは、2023年度に発送する延べ約1,200名分の「実家便」に同包するお米の購入費用へのご寄付を受け付けています(5,000円の寄付で、約7名のお米になります)。皆さまのあたたかいご支援をお待ちしております!