「自分らしさ」を見つけられる場所 ~クリエイトのフリースクール~

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「自分らしさ」を見つけられる場所 ~クリエイトのフリースクール~

左から多田さん、よしえちゃん、加茂さん

7月。高松駅からJR高徳線に乗り換えて1時間弱。雨が降る鶴羽(つるわ)駅に降り立ちました。鶴羽駅のある香川県さぬき市は、北に瀬戸内海、南に讃岐山脈、そのふもとには田園が広がる自然豊かな市です。

この日はNPO法人クリエイトを訪ねます。クリエイトは18年前にさぬき市初のフリースクールを開設。以来、一貫して子どもの勉強や生活に関わってきました。

副理事長で講師の加茂さんと、理事でフリースクール代表の多田さんが、優しい笑顔で出迎えてくださいます。

この日、ひとりの少女と出会いました。多田さんの家でホームステイをしながらクリエイトに通う高校2年生のよしえちゃんです。よしえちゃんはお父様の仕事の関係で9歳のときにドイツに渡り、1年半前までご両親とドイツで暮らしていました。なぜひとりで日本に戻ってきたのでしょうか。そして、どうしてクリエイトに通うことになったのでしょうか。

9歳でドイツへ

よしえちゃんは9歳でマインツの公立学校に編入しました。

マインツは、ドイツ南西部のラインラント=プファルツ州の州都です。この街の歴史はローマ帝国時代から始まったとされており、ドイツを代表する大聖堂のひとつ”マインツ大聖堂”があるなど、ドイツでも長い歴史を持つ都市のひとつです。また、ドイツ最大のワイン栽培地域としても知られています。

ドイツでは日本の小学校1年生(6歳)から4年生(9歳)に相当する初等教育を修了した後は、上部学校の5年生(中等教育)へ編入することで学業を継続します。

ドイツの義務教育は15歳までですが、特徴的なのは5年生(10歳)で進学先が複数のルートに分かれる点です。成績や将来の進路希望によって、以下の学校のいずれかに編入します。

Hauptschule(ハウプトシューレ):実務的な内容が中心。基礎学力を重視しつつ、職業教育に直結

Realschule(レアルシューレ):学術と実務の中間的な教育。事務職や技術系職への道が開ける

 

Gymnasium(ギムナジウム):大学進学を前提とした学術的教育。難易度が高く、長期的な進学ルート

Gesamtschule(ゲザムトシューレ/総合学校):Hauptschule、Realschule、Gymnasiumのカリキュラムを1つの学校内で提供。進路を柔軟に変更しやすいという利点がある

これらの学校は卒業までにかかる年数や卒業時に与えられる学歴が違うのはもちろん、授業や出題される課題そのもののレベルも大きく異なります。

進路選択には、本人の成績や教員評価、保護者の意向などが強く反映されます。ドイツの子どもたちは10歳という早い段階で、自身の現状を理解し、将来の職業も見据えた進路を決めなくてはならないのです。

ドイツに移り住んで1年目、よしえちゃんはマインツで2番目にレベルの高いギムナジウムに編入しました。

授業はすべてドイツ語で行われます。多様な背景を持つ子どもへの適切な教育サポート制度が整っているとはいえ、それまで日本語で生活してきたよしえちゃんにとって、1年足らずでの編入は決して簡単なことではなかったでしょう。努力を重ねることのできる彼女だからこそできたことでした。

編入した学校で感じたのは、ドイツの教育制度の中で育ってきた級友たちのライバル意識の高さでした。よしえちゃんはそのような雰囲気に少し苦手意識があり、自分と同じような感覚の、どちらかといえばおっとりとした外国ルーツの級友と気が合うことが多かったそうです。

ドイツでは成績が落ちると、その成績に見合う学習レベルの学校への編入を余儀なくされます。ドイツは学歴主義の強い国で、学歴や学校での成績によって選択できる職業が変わってきます。学習レベルの低い学校への編入は、進路の選択肢が狭まることを意味するのです。よしえちゃんは級友たちと切磋琢磨しながら日々の学習に励んでいました。

変わっていく環境

しかし、しばらくすると周囲の様子が変わってきました。勉強についていけなくなった級友がひとり、またひとりと別の学校に編入していくのです。

よしえちゃんは厳しい競争の中にいました。授業についていくには日々の課題をこなすだけでは足りず、さらなる学習が必要でした。

「1回でも成績が落ちると、すぐに『転校して』って言われる。とにかくそのプレッシャーが重くてつらかった」とよしえちゃんは言います。

それまでずっと成績が良かったよしえちゃんにとっての勉強は、人に勝つためのものではありませんでした。新しいことを知ったときの驚きや、知識を深掘りする喜び、そして充実感。よしえちゃんが好きなのはそういったものが得られる勉強でした。

成績を維持するための勉強に、彼女は次第に疲弊していきました。大学進学を目指してはいましたが、明確に希望する職業があるわけではありません。何のための競争なのか、何のための勉強なのか、わからなくなる日が増えてきました。

ある日、成績が下がってしまった親友の転校が決まりました。一番仲の良い友だちがこの学校からいなくなる…。明日から本音を言い合える友だちがいなくなる…。そう思ったとき、よしえちゃんは「あー、もう無理かも」という自分の心の声を聞きました。

単身での帰国

ドイツが嫌いなわけではありませんでした。でも、このままドイツの学校に通っていたら、自分が壊れてしまうような気がしました。

ご両親が日本に戻る予定はありません。よしえちゃんにとって、この状況を我慢し続けることはとても苦しいことでした。日本で両親が帰ってくるのを待ちながら、少しだけのんびり過ごしたいと彼女は考えていました。

ご両親は「娘にとって一番良い環境は何か」ということを真っ先に考えてくれました。疲れている我が子が日本の高校に編入し、すぐに受験に向き合うのは過酷だろうと、リラックスできる環境で大切な娘を受け入れてくれる場所を求めて、さまざまな人に相談してくれたといいます。

そんな中、教会の関係者がさぬき市の教会でフリースクールをしているクリエイトのことを教えてくれました。帰国子女の受け入れ経験が豊富であること、子どもの状況に合わせたカリキュラムで勉強を進めていること、地域や教会の人たちと積極的に交流していること、多田さんや加茂さんが子どもたちの「今」を最優先に考え、寄り添ってくれることなど、クリエイトに関する情報を聞くにつれ、ご両親はここなら安心して娘を通わせることができると感じました。

何よりの決め手は、よしえちゃんがクリエイトに行きたい!と強く望んだことでした。多田さんは、本人やご両親の思いを受けて、自宅でよしえちゃんを預かることにしました。

こうして、(クリエイトでは高校卒業の単位は取得できないため)通信制の高校に在籍しながらクリエイトに通うことが決まりました。

クリエイトでの生活

多田さんの家はクリエイトから徒歩1分。毎朝よしえちゃんは多田さんと一緒に登校します。

山や田畑に囲まれた自然豊かな道を悠々と歩く毎日。高校2年生になった彼女にとって、その風景はもう見慣れたものになりました。「自然が多くてのんびりしててとっても過ごしやすい」と言います。

多田さんの温かな包容力と加茂さんの誠実さに守られて1年半を過ごしたよしえちゃんの心はすっかりほぐれています。多田さんや加茂さんには、勉強のこと、好きなこと、興味のあること、将来のことなど、なんでも話せます。

多田さんがよしえちゃんへの思いを話してくださいました。

最初に見学に来られた時、都会で生まれ育ち、海外で過ごしてきた子が来るには、クリエイトは田舎で不便すぎるのではないか、刺激の少ない生活はつまらないのではないかと心配しました。

しかし、1週間の体験入学から帰る彼女をハグして「またおいで。」と声をかけた時に、大切な家族を送り出す気持ちになったことを思い出します。

一緒に過ごして、日に日に彼女らしさを取り戻す様子を喜びながら、そっと見守ってきました

一人ひとりを大切にするクリエイトとして、彼女の心の回復と、次に進む力を蓄える大切な時間に関わることができてよかったな。と思っています。

修学旅行やキャンプ、畑で育てた作物の収穫や、子ども食堂のお手伝いなど、クリエイトで過ごす毎日は、よしえちゃんにとって新鮮で楽しいことばかりでした。

休みの日には大好きな映画や買い物にも出かけます。もちろん日々の学習にも積極的に向き合っていて、本来の勉強好きのよしえちゃんに戻っています。

 

クリエイトにお邪魔したこの日、よしえちゃんは造形(美術)の時間に、黒いプラスチック粘土で小物入れを作っていました。蓋が独特な表情の顔面になっていて、よしえちゃんのセンスが光っています。

よしえちゃんは大学受験のことも考えるようになりました。物事を多角的に捉えて社会課題の解決を考えるリベラルアーツに興味があります。ドイツでの経験も活かすことができる国際教養学部などで学ぶことができたらと考えていると話します。

一方で「絵や造形などの芸術関係にも惹かれてて、そっちもいいなって思ってる。どうしようかなって感じ」と言って笑うよしえちゃん。迷える17歳の表情は、明るく輝いているのでした。

望む未来へ

この夏、よしえちゃんのお母様がドイツから帰国することが決まり、よしえちゃんは関東に引っ越すことになりました。引っ越した後は大学進学を見据えて予備校にも通う予定です。

「大学で学ぶことと就職は直結していないかもしれないけど、自分が何を勉強したいかで大学は決めます」とよしえちゃんは話します。

クリエイトでよしえちゃんは「自分らしさ」を取り戻しました。未来を語る彼女の明るく穏やかな声は、回復した心が反映されているようです。

未来の可能性は無数にあって、彼女はその中から希望の進路を力強く選び取っていくに違いありません。多田さんや加茂さんとともに、彼女の成長を遠くから見守っていきたいと思います。

クリエイトでは、学びを活かし、社会性を養い、心の回復と個別の成長を促しながら、「自分らしさ」を見つけられる子どもを育てていきたいと考えています。

この活動に皆さまの温かいご支援を何卒よろしくお願いいたします。

子どもたちが自分らしさを見つける多様な学びを