
「漆の里」を目指す秦野市へ

漆のお仲間が続々と集まってきます
2024年11月のとある土曜日、特定非営利活動法人ウルシネクスト(以下、ウルシネクストといいます)が、ウルシの苗木の植栽と獣害防止のための柵を設置するとお聞きし、作業を見せていただくために神奈川県秦野市に向かいました。
ウルシネクストでは、2022年3月、秦野市の畑に30本のウルシの苗木を試験的に植えました。その後、合計で約250本のウルシ苗を植えましたが、鹿の被害が深刻で、3~4割が食害、樹皮剥離、倒木など何らかの被害に遭っています。また、鹿が山から連れてくる“ヤマビル”も、草刈り作業を妨げる大きな問題となっています。
今回は奥久慈漆生産組合から調達した70本の優良ウルシ苗(エリートツリーと呼ぶそうです!)を植樹し、獣害から畑を守るためのフェンスをウルシ畑の周囲に設置します。

山の中腹にある畑で作業開始です
駅前でウルシネクストの佐々木さん、當麻さん、中根さん、そして、今回ボランティアとして初参加のシュレックさんとパートナーの林さんと合流します。集合場所には、丹沢MON合同会社の平野君子さんと、ウルシ苗の植栽のために畑を提供してくださっている高橋秦一郎さんがすでに到着していました。
高橋さんのお仲間も到着して、いよいよ本日の畑へ。空にはのどかに白い雲が浮かんでいます。少しだけ色づき始めた木々の葉を見ながら歩くと、ほどなく小高い山の中腹にある畑に到着しました。

初参加のシュレックさん
先に畑に上がった高橋さんが「道にヤマビルがいる!」と教えてくださいます。ヤマビルは靴や洋服の隙間から入り込み血を吸います。草の間に潜むヤマビルから身を守るため、これでもか!と靴にヤマビル除けをスプレーし、靴や衣服に隙間がないかも点検します。準備は万端。いざ畑へ!
植樹担当とフェンス設置担当に分かれて作業開始。高橋さんが事前に耕してくださった畑はふかふか。土たちはウルシの苗木を迎えるのを今か今かと待っているようです。
靴が気持ち良く沈んでいく畑に、深めの穴を等間隔に開け、ウルシが斜めに成長しないよう苗木をまっすぐ立てて植えていきます。土の香りが心地よく広がり、初めて植樹を体験するシュレックさんと林さんも土の感触を楽しんでいるようです。
シュレックさんと林さんは都内で日本文化を通じた国際交流の拠点「シュレックハウス」を運営していて、2025年からはシュレックハウスで平野さんの金継ぎ教室が行われるのだそうです。
「相模漆」の復活を目指す人々
平野君子さんは「金継ぎ教室 淘」を主宰しています。教室の10周年を記念して「使うウルシから、作るウルシへ」というスローガンを掲げ、ウルシを植える活動をしたいと考えていました。
平野さんは不思議なご縁※からウルシネクストの佐々木さんと出会いました。ウルシの苗木を植える場所について旧知の高橋さんに相談したところ「秦野の未来のためになるなら」と何か所もご自身の畑を提供してくださることになりました。
※平野さんと佐々木さんの出会いについてはこちら→ウルシネクストの「漆の森づくり」ー新たな植栽地で見た課題ー
秦野市をはじめとした丹沢一帯はかつて「相模漆」と呼ばれる漆の産地で、日光東照宮の下地漆として使われていたという歴史のある土地柄です。その相模漆を復活させるために、平野さんと高橋さんは任意団体「丹沢漆の里ムーブメント」を設立しました。おふたりの思いは、その名の通り次第に大きなうねりとなり、多くの仲間を集め、ウルシネクストと協働して漆の里づくりを進めているのです。
2015年に文化庁より国宝や重要文化財を修復する場合、原則として国産漆を使用するよう通知がありました。しかし、2023年の国内漆の生産量は1.6トン。文化財の保存修復には年平均約2.2トンの漆が必要と予測されていますから、それすらも賄えない量です。
このままでは日本の漆や漆文化そのものが途絶えてしまいます。国産漆の生産量を増やすには、植栽事業を各地で広め産地を増やしていく必要があります。相模漆がいつか日本の国宝や重要文化財の修復に使われることを目標に、丹沢漆の里ムーブメントとウルシネクストは、ウルシの植栽と育成に力を注いでいるのです。
平野さんは漆の魅力をこう語ります。

平野君子さん
丹沢山麓にある秦野は、かつて小田原や日本橋へ漆を流通させていた歴史があります。
仏ヴェルサイユ宮殿の修復に携わる職人が金継ぎの展覧会を訪れ、繕った部位を見て「これは焼かないのか?」としきりに尋ねました。漆は生産から製品化へ至るまで火を使う必要がありません。とてもSDGsなマテリアルと云えます。そしてその美しさは、麗しい日本文化を背負う魅力が溢れています。
しかし、非常に強いかぶれ成分を有します。だからこそ、昔から山里の人々が管理し栽培をしてきました。同時にそれは衛生を保持する殺菌力でもあります。
地球環境が激変する中、植物の力を上手に暮らしに取り入れ、再び丹沢を「漆の里」にしていきたいと考えています。
今回、もうひとつのミッションがフェンスの設置です。このフェンスは、ほとんど獣害のない福島県飯舘村のウルシ畑から運んできたもの。鹿の被害が深刻な秦野のウルシ畑で再利用します。
フェンスを設置するのは高橋さんのお仲間とウルシネクストの當麻さんです。貴重なエリートツリーたちを守るべく、力の強い男性陣が鹿の侵入経路を丁寧に塞ぎます。
畑では70本のエリートツリーのうち39本を無事に植樹することができました。残りの31本の苗木は秦野市内の三廻部(みくるべ)のウルシ畑に植える予定です。その作業の日まで苗木は土を被せて大切に寝かせておきます。
ウルシネクストの佐々木さんは「ボランティアの皆さんには”作業が楽しい”と思っていただきたいので、ほどほどのところで終わらせるようにしています。この活動を長く続ける秘訣です。」と言います。
たしかにほどよい疲れと空腹を感じる頃に作業は終了。「またウルシの作業をしたい!」と思える余力と楽しさの余韻があります。たくさんのボランティアさんが何度も参加してくださるのは、このような心遣いがあるからなのだと感心しました。
作業終了後は、平野さんが運営する「ヤビツ峠レストハウス」に移動します。名物の「丹沢ロイヤルカレー」や「クロモジ茶」をいただきながら、漆の魅力について語り合えば、ますます次の作業が楽しみになります。
漆は、木を育てて採取するまでに、相当の手間と長い時間がかかります。活動を持続していくためには多くの方の協力が不可欠です。まだまだ続くウルシネクストの仲間づくり。私たちも息の長いお手伝いができたら、と考えながら帰りの電車に乗り込んだのでした。
「国産漆を増やすため、飯舘村、秦野市での漆の産地化を目指して!」
NPO法人ウルシネクストは福島県飯舘村や神奈川県秦野市で「漆の里」づくりを目指して、ウルシ苗の植栽や育成を行っています。この活動にみなさまのご理解とご支援をよろしくお願い致します。