ウルシネクストの「漆の森づくり」ー新たな植栽地で見た課題ー

  1. HOME
  2. インフォメーション
  3. 活動報告
  4. ウルシネクストの「漆の森づくり」ー新たな植栽地で見た課題ー
ウルシネクストの「漆の森づくり」ー新たな植栽地で見た課題ー

新たなウルシの植栽地

11月の最後の週末、ある出来事が関東地方のニュースで報道されていました。

―――――

神奈川県秦野(はだの)市の路上やショッピングセンターに、体長1.5メートル超のイノシシが出没し、30代の男性と80代の女性が体当たりされるなどしてけがを負った。イノシシは約1時間後に市内の小学校敷地内で捕獲、駆除された。今後、肉はジビエ(野生鳥獣肉)として市内の飲食店で提供されるという。

―――――

イノシシのニュースから3日後、お金をまわそう基金のスタッフ3名は、特定非営利活動法人ウルシネクスト(以下、ウルシネクストといいます)が実施する「ウルシの苗木の植樹」に参加するため、新宿駅から電車で70分ほどの秦野市を訪れました。

「もしイノシシに出くわしたら?」「ゆっくり後ずさりするのがいいらしい」「なるべく高いところに逃げるんだって」などと言い合いながら、ウルシネクストの佐々木さん、當麻さん、中根さんと待ち合せます。

この日は新たな植栽地、神奈川県秦野市にある山あいの畑に植樹をします。秦野市は県の中西部に位置し、中心部は県内唯一の盆地(秦野盆地)。丹沢の麓にあり、市域の半分は山林で、市街地は四方を山に囲まれている自然豊かな場所です。(ちなみに車のナンバーは湘南です)

左から平野君子さん、ウルシネクストの佐々木亨さん、秦野市役所の高橋秦一郎さん

待ち合わせ場所で、初めてお目にかかる平野君子さんとご挨拶です。平野さんが主宰する 「金継ぎ教室 淘」では、10周年を記念して「使うウルシから、作るウルシへ」というスローガンを掲げています。平野さんは「作るウルシ」の手始めとして、漆を植える活動をしたいと考えていました。

そんな折、平野さんが2021年から運営している「ヤビツ峠レストハウス」で、サイクリストの早川さんにウルシの話をしたところ、早川さんが元仕事仲間の佐々木さんを思い出して紹介してくれたのだそうです。この奇跡的なご縁が平野さんとウルシネクストを結び付けました。

秦野市は「相模漆(相模塗)」の産地として古い歴史があります。漆は豊かな木材とともに小田原漆器の材料として活用されました。この「相模漆」を現代に復活させたいと、平野さんは地元で声がけを続けています。

その輪は知り合いから知り合いへと徐々に広がり、今回の植樹につながりました。平野さんはウルシネクストとともに秦野市における「漆の森づくり」を進めてくださる頼もしい存在なのです。

今回、畑を提供してくださった秦野市役所の高橋秦一郎さんとそのご家族や同僚の方たち、足柄高校で相模の国の漆の流通や歴史について研究している「歴史研究部」の桐生先生やそのOBの教え子たち、平野さんの金継ぎ教室の生徒さんなどが集まり、総勢28名で畑に向かいます。

 

ニホンジカ

周辺の日当たりの良い畑ではネギや葉物野菜などが育てられています。カリンの果樹畑もあり黄色い果実がたわわに実っていました。

ガン!ガシャン!ガシャン!

どこからか金属を叩くような音が聞こえてきます。ときどき途切れ、しかし止まることなく、その音は山あいに響いています。

音を辿ると、畑と雑木林の間に捕獲檻があり、罠にかかって閉じ込められた大きなニホンジカが、必死に檻に体当たりしていました。聞こえていたのはシカの角が檻に当たる音だったのです。

捕獲檻設置の許可証

秦野市では耕作放棄地の増加や里山の荒廃、野生動物の個体数の増加などさまざまな要因により、ニホンジカやイノシシといった大型獣類が民家近くまで出没しているのだそうです。住宅地近くの山林などでは「くくりわな」や「箱わな(捕獲檻)」を使用した捕獲を実施しており、令和元年には19頭のニホンジカが駆除されています。捕獲があった際は、できる限り動物に苦痛を与えず、安全かつ速やかに「止め刺し」を行うよう猟友会に依頼しています。

岩手県盛岡市や福島県飯館村における「漆の森づくり」の現場でも獣害は深刻で、ウルシの新芽を根こそぎ食べてしまう動物たちは忌避される存在です。新芽を食べつくされたウルシの苗木は育ちません。飯舘村ではウルシの畑の周囲に柵と金網を設けて動物の侵入を防いでいます。

盛岡市上米内の山は広大過ぎて、柵や金網の設置はできません。ウルシの植樹をした山では、カモシカと遭遇し、クマの爪痕が残る木々も目にしました。動物たちが食べ物を求めて山を下れば、すぐに人と遭遇するような場所です。

ウルシネクストの佐々木さんは「上米内などでは応急的に植えた苗木に忌避剤を塗布していますが、今後は自治体などに捕獲檻の設置などを積極的に働きかけていくことを考えています」と話します。

ニホンジカ

命をつなぐために山を下りてくる野生動物。動物を山に押し戻すことができなくなった地域では、頭数を抑制して人間との「共存」を維持せざるを得ないのが現状です。

理解も納得もしているはずなのに、死に物狂いで逃げ場を探すニホンジカを目の当たりにすると、画面越しにイノシシのニュースを見たときとは全く違う感覚に襲われ、足が竦みます。

やがて、猟友会の車がやってきました。

 

山あいに響く1発の銃声。そして静寂。

 

「漆の森づくり」を進める中で避けては通れない「獣害」という課題。耳にも胸にも残るこの音を忘れないようにしなければ、と強く思いました。

 

「相模漆」復活を願って

畑は平坦。日当たりも良好。今日のためにあらかじめ高橋さんによって整地された4面の畑にみるみる苗木が植えられていきます。等間隔で穴を開ける人、肥料を入れる人、苗木を入れる人、土を踏み固めて苗木を固定する人…。植樹は初めてという方も多かったのですが、スムーズに作業は進み、約200本の苗木はあっという間に秦野の畑の住人になったのでした。

翌週には畑の周囲に獣害防止の柵が設置されるそうです。ウルシの苗木が無事に育ちますようにと願いながら、寒さに向かう山で暮らす動物たちのことも思います。

佐々木さんは言います。「漆の自給率は40年以上にわたって1~5%程度という低さです。これまで日本が頼みにしてきた中国産の漆の輸入量も近年は大きく落ち込んでいます。このままでは国内需要に深刻な影響を与え、文化財の保護や維持のみならず、日本の漆や漆文化そのものが途絶えてしまいます。私たちは次の世代に漆を伝えていかなくてはなりません。」

「相模漆」復活までには長い長い年月が必要です。その間、獣害も含めたさまざまな課題と取り組まなくてはなりません。ウルシネクストと平野さん、そして秦野市の皆さまなら、課題の答えを見つけながら、何代にも亘ってウルシを植え、ウルシを育てる未来を創っていくことができるに違いないと感じさせてくれる一日でした。

 

 ~ご支援のお願い~

お金をまわそう基金では、特定非営利活動法人ウルシネクストへのご寄付を受け付けています。

この活動は、賛同してくださる方々からの応援が不可欠です。

皆さまからのご寄付は、神奈川県秦野市をはじめとした植栽地での「ウルシを植える」活動と、植樹したウルシの間引きや移植など「ウルシを育てる」活動に充てさせていただきます。福島県飯館村で間引きした200本のウルシの苗木は、新たな植栽地である福島県会津若松市に移植します。

ウルシネクストの活動に引き続きのご支援をどうぞよろしくお願い致します。

・いただいたご寄付は全額をウルシネクストにお届けします。

・お金をまわそう基金でのご寄付は税制優遇措置の対象となります。

 特定非営利活動法人ウルシネクスト(寄付)はこちらから