はじまりの日
「どうして人って星空を見上げるんでしょうね」
小学校教員から山梨県立科学館の天文担当に出向した跡部浩一さんは、高橋真理子さんに初めて会ったときにそう訊ねたそうです。
同館の開館時から天文を担当していた高橋さんは「あの言葉には驚きました」と言います。
なぜなら、跡部さんの言葉は、高橋さんがずっと抱いていた想いと同じだったから。
「星つむぎの村」が誕生する13年前の出来事でした。
体験型プラネタリウム
2023年9月、秋の訪れを全力で阻止するかのような強い日射しの中、JR武蔵小金井駅に降り立ちました。
この日は、小金井市内のたくさんの障がい者アーティストの作品と体験型プラネタリウムがコラボしたイベントにお邪魔します。
宇宙や多様性をテーマにした「アート体験型プラネタリウムイベント~しかくい地球とまあるい宇宙~(主催:共生アート&協働アートin小金井)」が開催されている宮地楽器ホールに向かいました。
ホールにはゆらゆらと立つ大きなドーム型プラネタリウム。このイベントを共催する「一般社団法人星つむぎの村」のガーランドが付いています。
「星つむぎの村」は2016年、「星空の下で、境界線のない社会を」をミッションに設立されました。翌年には一般社団法人格を取得しています。
共同代表の高橋真理子さんと跡部浩一さんは、移動式のプラネタリウムや星空観望会、星や宇宙に関するワークショップ、そしてオンラインで子どもたちに自然体験を提供する「星の寺子屋」など、数多くの事業を行っています。
実際の星空を観ることが難しい入院中の子どもたちを対象とした「病院がプラネタリウム」や、在宅や施設で療養生活を送る子どもたちにオンラインで星空を届ける「フライングプラネタリウム」は、機材が不足するほど全国から依頼が殺到しています。
星空の旅へ
今回の移動式プラネタリウムは、近隣の障害者施設からもたくさんの申し込みがあり、前日は5回の投影予定のところ9回(!)も実施したそうです。
この日も、すでに4回目の投影だというのに参加者の列が長く続いています。
プラネタリウムに入る前の、跡部さんによる楽しく丁寧な注意事項の説明が、わくわく感をさらに倍増させます。
いよいよプラネタリウムに入ります!
想像より天井は高め。円形の床に仰向けになります。この日は参加者が多く、最後に入ったご家族は空いているスペースに椅子を置いて鑑賞です。
天井に夕方の空が映し出されます。高橋さんの落ち着いた優しい声が、私たちを夜空へと誘(いざな)います。
目を閉じてカウントダウン。「ゼロ~!」で目を開けると「おおおお~!」という感動の声。
天の川、そして星、星、星…。視界を埋め尽くす美しい星々が広がっています。
暗さにおびえていた子も、はしゃいでおしゃべりが止まらなかった子も、目の前の景色に圧倒されています。魅せられたように星々に手を伸ばす子もいます。
天の川には、こと座のベガ(織姫星)、わし座のアルタイル(彦星)、はくちょう座のデネブを結んだ夏の大三角。浮遊感に包まれながら、みんなで宇宙の旅に出かけます。
耳にも心にも優しく響く高橋さんのナレーションで、なじみ深い水金地火木土天海(冥)の星々を巡ります。「この青い惑星は何でしょうか?」という質問に、参加者は張り切って一斉に答えます。
「地球!」
年齢も性別も障害の有無も関係ないプラネタリウムの中は、早くも宇宙船のクルーたちさながらの連帯感が生まれていました。
私たちは何でできている?
「私たち人間の体は、かつて星だった元素によってつくられています」ナレーションは私たちのルーツを教えてくれます。
星空を見上げると、懐かしさと安らぎ、そして少しばかりの孤独を感じるのは、私たちが母なる宇宙からもたらされた存在だからでしょうか。
「宇宙が私たちみんなのふるさとと言えるかもしれませんね」と高橋さんの言葉は続きます。
この宇宙の中ですべては巡り巡っていて、その循環の中に小さな存在の私たちがいる。ささいな違いで差別や対立が生まれる人間社会の愚かさを、今日の星空は教えてくれているようでした。
すべての人に星空を~星つむぐ家~
はじまりの日から、高橋さんと跡部さんは、私たちがみな等しくかけがえのない命であることを子どもたちに伝え続けています。
その眼差しは特に病気や障害を持つ子どもたちに温かく注がれ、星空とともに「一人じゃないよ」「大切な存在だよ」「楽しいことしようね」というメッセージを届けています。
ときには、残された時間がわずかしかない重病児に、最後の日々を悔いなく過ごしてもらうために星空や自然を届けることもあります。
「村人」と呼ばれる協力者は全国で200人を超え、さまざまな力とスキルとエネルギーを出し合い、「星つむぎの村」の活動を支えています。
そんな村人や多くの支援者の後押しを受けて、お二人の念願だった「星つむぐ家」がこの秋にオープンします。
周辺には重病児や医ケア児が普段触れることのできない「自然」があります。田んぼや畑、どんぐりの森、梅干しづくりに栗ひろい、風や木漏れ日、そして満天の星空。
難病児や重病児、そしてそのご家族が、この豊かな自然の中でほっと一息つける時間を過ごし、またゆっくりと次の一歩を踏み出してほしいと、高橋さんと跡部さんは願っています。
「星つむぐ家」に来られなくても、この自然はオンラインでの学びと交流の場「星の寺子屋」で子どもたちに届けられます。オンラインで畑や里山の様子を見ながら、自宅に送られてきた野菜や木の実などの収穫物に触り、匂いを嗅ぎ、ときには味わってみます。
大自然の恵みもまた、私たちに生命の循環を教えてくれます。小さな存在だと思っているその命が、奇跡の重なりからできていること。誰もが等しく大自然の構成員であること。すべての生命がいとおしい存在であること。
高橋さんと跡部さんの思いは、さまざまな形で子どもたちに届けられるのです。
「どうして人って星空を見上げるんでしょうね」
はじまりの日から20年以上経った今も、高橋さんと跡部さんは出会う人々にそう問いかけながら、活動をさらに拡げていくのです。
ご支援のお願い
星つむぎの村では2020年からバギーやストレッチャーで毎日を過ごす療育療養環境下の子どもたちに、インクルーシブな学びと活動の場として、オンラインで月に2回「星の寺子屋」を実施しています。毎回10~20名の子どもたちが参加しています。
難病児や重症児は、森や草原の中で動植物に触れるといった自然体験が不足しがちです。そこで、昨年から「星の寺子屋」のなかで、自然体験にスポットを当てた「自然のめぐみ・いのちのつながりプロジェクト」の取組みを始めました。
毎月1回、野菜の栽培や動植物の観察、季節を感じるクラフトや科学工作などを体験できる場を提供します。
主にオンラインでの活動ですが、子どもたちがともに学び活動できるように、自然の素材を使って季節を感じることができる工作や、収穫した作物を味わうことができる野菜や木の実などを、宅配便で子どもたちのもとに届けます。
難病児や重症児を主な対象としていますが、健常児の参加も促しインクルーシブな場とすることで、子どもたち同士の交流の機会も作っていきます。難病児や重症児が健常児とともに活動する機会は、それほど多くはありません。自然に触れながら、ともに楽しみ、学んだり活動したりできる機会の提供に、どうかご支援をお願い致します。