子どもたちと一緒にわくわくしたい!
北上盆地のほぼ中央部に位置する自然豊かな美しい城下町、岩手県盛岡市。
2019年にこの地でひとつの団体が設立されました。
「子どもたちと一緒にわくわくしたい!」
岩手の女性三人の思いから誕生したのが「一般社団法人ふたば」(以下、「ふたば」といいます)です。
日本の17歳以下の子どもの相対的貧困率は13.5%。7人に1人の割合です(※1)。
また、経済的理由により就学援助を受けている小学生・中学生は全国に約137万人(※2)います。
十分な食事ができなかったり、教育の機会が得られなかったりする子どもたちがいる現状は、なかなか改善されません。
とりわけ教育格差の問題は大きく、全国の大学等進学率73%に対して、生活保護世帯の大学等進学率は35.3%(※3)と、半分以下になっています。
ふたばのある岩手県に目を転じてみると、県全体の大学等進学率が69%なのに対し、生活保護世帯の大学等進学率は28%(※4)とその差はさらに大きくなっています。
※1「2019年国民生活基礎調査」厚生労働省 ※2「2019年度就学援助実施状況」文部科学省 ※3「生活保護世帯出身の大学生等の生活実態調査」2018年厚生労働省 ※4「いわての子どもの貧困の状況」2016年岩手県
「子どもたちには、家庭環境に左右されることなく教育を受け、自分の能力と可能性を最大限伸ばしてほしい。夢を持つ楽しさを知り、夢をあきらめない力をもってほしい」と女性たちは考えています。
その考えに賛同した、教育や福祉の専門家を目指す学生たちや、「子どもたちのために何かしたい」と集まった学生たちが、女性たちと一緒に岩手県の各地で支援活動をしています。
学習支援の現場へ
この日お邪魔したのは紫波郡矢巾町。(町名は「矢巾」、駅名は「矢幅」です。)
生活に便利な都市部と、のどかな農村風景が調和したコンパクトな田園都市。盛岡市のベッドタウンとして発展を続けています。
2019年9月には岩手医科大学付属病院が移転し、交流人口が増加。小学校から大学までが揃う文教都市であり、子どもや若者が増えています。岩手県内で一番の人口密度を誇る自治体です。
「三人の女性」のうちのお二人、代表理事の橋本紀子さんと理事の松岡あゆみさんが、石油ストーブが焚かれた暖かなお部屋で迎えてくださいました。
マスク越しでもわかるくらいお二人の笑顔も温かい。この笑顔に迎えられたら子どもたちも安心して過ごせるだろうなぁと思いながら、学習支援の準備を見せていただきます。
入口近くの机の上に注文票があります。そこには、盛岡のソウルフード「福田パン」の文字が。松岡さんが説明してくださいました。
「盛岡市の株式会社久慈設計さまが「子どもたちのおやつ」として、月に1回「福田パン」を提供してくださっているんです。教室に来る子どもの中には、三食きちんと摂れない子や、お腹を空かせたまま帰りの遅い親御さんを待つ子もいます。そんな子どもたちにとって、この福田パンは貴重な一食になるんです。好きな具材やクリームをリクエストできて、子どもたちも毎回とても楽しみにしているんですよ。」
「福田パン」が大好きな子どもたちにとっては、なによりのご支援です。地元の企業様の応援はふたばにとっても心強いこと。子どもたちの現状やふたばの活動をもっともっと発信していかなければ!と思うのでした。
子どもたちの成長に不可欠な「学習支援」と「生活支援」
橋本さんは言います。
「経済的に困窮している家庭の子どもは、学習面だけでなく健康・衛生・栄養など生活習慣の大切さを教わる機会も極端に少ないのです。」
「例えば、親御さんの帰りが遅く、夕食がいつもカップラーメンだけという子どもがいます。そういう食生活しか知らないので、栄養バランスを考えるという発想がありません。また、初潮を迎えても対応の方法を知らなかったり、SNSで知り合った人に写真を送ってしまったりなど、健康で安全な生活に必要な知識を学ぶ機会や社会的経験が圧倒的に不足しています。」
松岡さんも続けます。
「学習支援に加えて、正しい情報に触れる機会や様々なことを経験するという生活支援が、子ども達の成長に不可欠だと考えています。子どもは自分の親や自分の家庭しか知りませんので、将来の職業選択なども親がパートタイムだったら自分もパートタイムになるんだと思いますし、親が生活保護を受けていれば自分も生活保護を受ければ良いと考えてしまうこともあります。」
貧困の連鎖を止めるためにも、子どもたちの将来の選択肢を増やすためにも、学習支援と生活支援の両輪が必要なのだとお二人は語ります。
ふたばではさまざまなワークショップや体験イベントを企画し、生活に関する知識を身に着ける機会を子どもたちに提供する事業を始めています。
例えば、社会にはさまざまな職業があることや、誰もが「働く」ことで自立していることを知るために、盛岡市内の企業や工場を訪問する職場見学会。希望の職種に就くためには「勉強」が必要であることもこの見学会で学びます。
また、調理体験を通した食育や、「生理」に関するワークショップ、本を読む楽しさを知る読書会、大学や専門学校の見学なども予定しています。
大学生サポーターが思うこと
ふたばの活動に大学生サポーターとして参加している二人の学生さんにお話を伺うことができました。
大学院の教育学科1年に在学中の本宮綾華さんは、小学校の教師を目指しています。
大学生時代に、学校以外の場所で子どもと関われるボランティアを探していたところ、居場所を求めている子どもや学習支援が必要な子どものための活動があることを知り、それ以来ふたばでサポーターを続けています。
大学の教育学部3年に在学している中館澄佳さんも教師志望です。ご両親も教師ということで、社会にはいろいろな事情を抱えた家庭があることは知っていたという中館さん。ふたばのチラシを大学で手にし、経済的に恵まれない子どもたちの支援に関わりたいと活動に参加し始めたそうです。
礼儀正しくて可愛くて好感度満点の本宮さんと中館さんに、いくつか質問させていただきました。
■子どもたちと接する中で、戸惑うことや苦労することはありますか?
進路選択が迫っている中3や高3の子どもと接するとき、学習支援と生活のサポートの両立が難しいと感じます。
テストや受験までの時間を考えると学習支援に力を入れなくてはいけないのですが、「話をしたい」「悩みを聞いてほしい」と思って参加する子どもも多くいます。
家庭のことや進路のことなど、心のモヤモヤを抱えていると勉強に身が入らない、とはいえ悩みを聞いていると学習に振り分ける時間が足りなくなる、という具合に、時間的な制約がある中での支援のバランスに迷うことがあります。
私が担当しているのは「勉強!勉強!」「受験!受験!」という地域ではなく、子どもたちも小学校の低・中学年なので、今のところ苦労と思うことはありません。
子どもたちは「楽しいことをするために来る」という感じで、中には勉強道具を持たずに来る子もいます。
学習面よりも先に、生活面を気にしなければいけない子も少なくないので、まずは会場に来てもらうことが第一です。楽しく過ごして、話しにくいことを話せるような雰囲気を作るよう心がけています。
私が参加している会場までは、バスで片道2時間半(!)かかるのですが、それも楽しめています。
■大学生サポーターが感じるやりがいや喜びなどがあれば教えてください。
やはり、子どもの良い変化や成長が一番嬉しいです。人見知りが激しく、周りの目を気にしてまったく人と話せなかった子が、「いろんな人と話せるようになって学校でも友達ができたのは、大学生がたくさん話しかけてくれたおかげ」と言ってくれた時は嬉しかったですし、サポーターをやっていて良かったと思いました。
あとは、「楽しかった!」「来て良かった!」という子どもたちの一言ですね。学習の支援は重要ですし、教えたことが成績に反映されることももちろん嬉しいのですが、学習面だけではないやりがいを感じられるのは、ふたばならではだと思います。
普段、感情を表に出さない子が、すれ違いざまにニヤッと笑ったりするとたまらないです(笑)。
少しずつ心を開いていってくれている手ごたえを感じると、「もっと子どもたちの笑顔が見たい!」と思います。
これからさらに子どもたちと打ち解けて話ができるようになったら、ひとりひとりにどのような支援が必要なのか、細やかにしっかりと見ていきたいです。
■ふたばでのサポーターの経験がご自身の将来にどのように影響してくると思いますか?
ふたばでの活動を始める前は、学習面も生活面も「先生が子どもたちに教えなきゃ!」みたいな、なんとなく「上から下へ」という意識がありました。
でも、ふたばでの活動を通じて、良い意味でその概念は壊されました。
もちろん教えたり見本を示したりすることは大切ですが、「見守る」「一緒にやってみる」ということの重要さに気づくことができました。
地域や家庭などいろいろな環境があることや、学校以外での支援の場があることなどを知ったことはとても大きかったです。
いろいろな角度から総合的に支援できる教師、子どもたちに寄り添える教師になりたいと思います。
実は「小学校教師」という目標から少し離れてみても良いかなと考え始めています。(「えーっ!?」という、橋本さんと松岡さんの声!)
学校の先生はとにかく忙しいです。そして複数の子どもを同時に見なくてはいけない。
そのような現場では、子どもたちそれぞれが抱えている問題になかなか気づけない、気づけたとしても対応する時間が取れないように思います。
サポーターをしてみて、「学校と子ども」「家庭と子ども」以外の視点から子どもを見る立場に自分を置いてみるのも悪くないと考えるようになりました。
本当に真摯に子どもたちと向き合っている本宮さんと中館さん。
お二人の言葉に聴き入っていた橋本さんと松岡さんは、感激のあまり「もう、泣いちゃいそうだよ!」と嬉しそうです。
たしかに、「このお二人がいれば岩手県の将来はまったく心配ないですよー!」と誰かに向かって叫びたくなるような、素晴らしいお話でした。
本宮さん、中館さん、お話をお聞き出来て良かったです。本当にありがとうございました。
ふたばの子どもたち
さて、子どもたちが集まってきました。すぐにテキストや宿題を広げる子、友達とお喋りを始める子、思い思いに過ごします。
松岡さんと話をするために別の部屋で待っている子もいます。
子どもたちはみなお行儀が良く、教室の雰囲気を乱すようなことはしません。
勉強(おまけに集中している)の邪魔になるとわかっていながら、中学3年生の男の子につい声をかけてしまいました。
「好きな教科は何ですか?」「うーん、5教科の中だと理科かな?」
ここで「そうそう△△の原理や〇〇の法則って面白いよね!」などと盛り上がれれば良いのですが、あいにくこちらは理系ではないので会話はそこで止まり、中3男子は手元のプリントに顔を戻したのでした。
基本的な生活習慣の獲得は子どもの学習意欲や体力、気力に大きく関係すると指摘されています。
成長過程で得られるべき生活習慣・経験が不足している子どもは、自己肯定感が低い傾向にあり、進学や就職といった将来の選択肢を狭めてしまう原因となりえます。
大学生が「人生のちょっと先輩」という立場から、学習と同時に、生活習慣の大切さを伝えること、ワークショップや調理体験を通して子どもたちが経験として知識を身につけることが、学習意欲や自己肯定感の向上につながると、ふたばでは考えています。
安心できる場で、大学生との交流から様々なことを学び、将来の夢を持つきっかけをつかんでほしい。
そして、その夢をあきらめない強さを身に着けてほしい。
そのために「学習支援」と「生活支援」の両輪を回していきたい、という橋本さんと松岡さん。
子どもたちに伝えることは、まだまだたくさんありそうです。
矢幅駅に戻る車窓から、家々の灯りが見えます。
この灯りの下のどこかで、ふたばの子どもたちが暮らしているかもしれない。
その暮らしが、その未来が、幸多いものであることを願いつつ帰路に着いたのでした。
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