新学期をむかえ、登下校する子どもの声が町にもどってきました。
今どきの子どもたちはどんな環境に生き、育っているのでしょうか。かつての子どもたちと比べてどのような変化があったのでしょうか。
データから見える今の子どもたちのあり方をご紹介します。
「高原社会」とは
戦後からバブル期まで、日本は右肩上がりの経済成長を続け、人々は成長に向けて努力することを求められました。この時期は社会全体が成長しているため、上から下まで全ての人が、努力の成果としての生活の向上を実感できた時期でもあります。
日本の名目GDPは、90年代前半を境にほぼ横ばいになりました。右肩上がりの成長期が終わり、成熟社会に入りました。成長の山を登った先にあるため、「高原社会」と呼ばれることもあります。
この「高原社会」では、「成長」という社会共通の目標が無くなったかわりに、価値観が多様化し、「何のために生きるのか」、「何をすべきか」を個々人が見出す必要が生じています。多様な価値観を尊重し、自分の価値観を持つために、子どもたちが成長する過程で、多くの価値観やあり方に触れることが求められています。
今の親子関係
博報堂生活総合研究所「子ども調査」をもとに当財団作成
小中学生を対象に行われた博報堂生活総合研究所「子ども調査」では、1997年から2017年の20年間で「お父さんにぶたれたことがある」、「お母さんにぶたれたことがある」が大幅に減少しています。同様に、「家出をしたいと思ったことがある」、「家族に言っていない秘密がある」も減少しています。親子が20年の間に急速に仲良くなっているのがうかがえます。
2024年に15歳を迎える子どもは、2009年生まれになります。2009年の女性の平均初子出産年齢は30歳。この年30歳で子どもを持った場合、母親は1979年生まれです。彼らが15歳をむかえたのは1994年。「ポケベル」、「プリクラ」、「ルーズソックス」などの女子高生カルチャーを作った世代です。また、価値観の形成される思春期を「高原社会」で過ごした最初の世代でもあります。
今の子どもと親は、共に「高原社会」で育っており、価値観にあまり違いがありません。それより前の世代のように、親から「成長に向けて努力する」という価値観を押し付けられ衝突することもないのです。
地域から見えない子どもたち
シチズンホールディングス「『子どもの時間感覚』35年の推移」を基に当財団作成
シチズンホールディングスがまとめた「『子どもの時間感覚』35年の推移」によると、小学生が外で遊ぶ時間は1981年に2時間11分だったのに対し、2001年は1時間47分、2016年には1時間12分に減少しています。35年の間に半分近くに減っているのです。
内閣府「社会意識に関する世論調査」を基に当財団作成
その子どもたちの親の世代では、地域での付き合いの希薄化が起こっています。2004年には22.3%が「よく付き合っている」、49.4%が「ある程度付き合っている」と回答していました。2023年の同調査では、「よく付き合っている」との回答は8.6%にとどまり、子育て世代の30代では、「よく付き合っている」は5.4%、「ある程度付き合っている」は34.9%に低下しています。
かつて、地域・ご近所・親族といった人々のつながりは今よりもずっと強力でした。そして「子どもは地域や社会で育てていくもの」との社会通念のもと、地域の共同体の目の中で育まれていました。
今、子育てする親世代における地域との付き合いが希薄化したことで、子育ての責任や負担が全て親に集中するようになっています。
そして、子どもたちが外で遊ぶ時間を減らして家の中で遊ぶようになったことで、子どもたちが地域の人の目に触れる機会すら少なくなっています。
家の中の子どもたち
博報堂生活総合研究所「子ども調査」をもとに当財団作成
子どもが地域やご近所からは見えづらくなる中で、親子関係はこれまで以上に密になっています。博報堂生活総合研究所「子ども調査」では、お父さんを「尊敬する人」との回答は1997年から2017年にかけてあまり変化がありませんが、お母さんを「尊敬する人」と回答している子どもは、この20年で大きく上昇しています。その内訳をみてみると、母親がフルタイムで働いている場合は横ばいですが、母親が専業主婦の場合において大きく上昇しています。つまり、お母さんを「尊敬する人」との回答の増加は、この20年間で専業主婦である母親が尊敬を集めることとなったことに起因していることが分かります。
フルタイムで働く母親と専業主婦の母親との違いは、子どもと接する時間の長さにあると考えられます。家の中で遊ぶ時間が増えたことで、さらに接する時間が増えたかもしれません。反対に、母親以外の「大人」と接する機会は減少することとなります。母親が専業主婦である場合の「尊敬する人」の割合の上昇は、子どもが接する「大人」が専業主婦である母親に偏っていることを示しているのではないでしょうか。
そしてそれは、この20年間で子育ての負担や責任が、専業主婦である母親にさらに偏るようになったことを示しているのではないでしょうか。
まとめ
「高原社会」の到来により、親子の関係はこれまで以上に仲良くなっています。その一方で、地域との付き合いは希薄化しています。その結果、かつての「子どもは地域で育てる」という社会から、子育ての負担や責任が親に集中するようになっています。特に、子育ての負担が専業主婦である母親に偏重する傾向が強くなっていると考えられます。
子どもたちが幸せに育つためには、育児の負担を親だけではなく、たくさんの人が担うことが必要です。特に、「高原社会」では多様な価値観の中から自らの価値観を形成する必要があるため、子どもたちが成長する過程で、多くの大人とふれあい、多くの価値観やあり方に触れることが求められています。
今、これまでの地域や共同体による子育てのサポートに代わり、どのようなサポートができるのか、この社会に生きる大人である私たちには、子どもたちへの新たな関り方が求められています。