日本では、地震や豪雨災害など、多くの自然災害が発生しています。災害は誰にでも襲い掛かりますが、障がいを持っている方や高齢の方など、避難に困難を抱えやすい方ほど命の危険にさらされやすいことが分かっています。
今回は、災害時に特に避難が難しい立場に置かれる医療的ケア児とその家族が直面する課題について考えます。
医療的ケア児とは
医療的ケア児は、日常生活を送るうえで医療的ケアを必要とする子どもたちのことです。一言で医療的ケア児といっても、その背景にある病気や障がい、必要としている医療的ケアは一人ひとり異なります。
医療的ケアの具体例として、呼吸に関するケアがあります。例えば、自力で痰や唾液を出すことが難しい子どもへの吸引や、自力で十分な呼吸ができない子どもへの人工呼吸器の使用などです。これらの呼吸に関するケアは24時間昼夜を問わず必要なタイミングに行う必要があり、子どもをケアする親御さんの負担も大きいものがあります。
一人の子どもが呼吸に関するケアと栄養摂取に関するケアなど、複数の医療的ケアを必要としていることも珍しくありません。
避難をはばむ現実
東日本大震災の際、津波が自宅を襲い、人工呼吸器を装着していた医療的ケア児が犠牲になった事例が報告されました。津波により自宅がベッド近くの高さまで浸水し、人工呼吸器が機能しなくなってしまったそうです。
医療的ケア児とそのご家族が避難する場合、大量の荷物を伴う必要があります。人工呼吸器などの医療機器や非常用バッテリー、酸素ボンベなど、医療的ケアに必要な機器や備品だけで10kgを超えることもあります。さらに、自分で歩くことが難しい子どもの場合は、子どもを抱えて移動する必要があり、車いすやストレッチャーなども一緒に運ばなければなりません。
マンションにお住いの場合、地震でエレベーターが止まっていたら、階段でこれらの移動をしなければならなくなります。
お子さんを運ぶために2名、医療機器を運ぶために1名と、複数名の大人の力が必要となり、避難したくても、家族だけでは移動することが不可能なケースもあります。
ためらわれる避難所
ある調査によると、阪神・淡路大震災の際に、神戸市内の特別支援学校の児童生徒のうち、避難所へ避難したのは10%だったといいます。東日本大震災の際も、避難所に避難した特別支援学校の児童生徒とそのご家族は14%でした。
避難所に行かなかった理由として、多く挙げられたのは、「夜間の吸引器や人工呼吸器の音で周囲に迷惑をかけてしまうこと」と、「子どもの泣き声や大きな声、パニックなどへの理解が得られないこと」でした。
2019年の台風による水害の際にも、医療的ケア児とそのご家族が、避難所まで避難したものの、駐車場で車中泊を選んだという事例がありました。
避難所では人工呼吸器や吸引器を使用するための電源やスペースが十分に確保されていないこともあり、必要な医療的ケアを継続できるかという不安から避難をためらうご家族も少なくありません。
それでも、「周囲に迷惑をかけてしまう」という思いから、命の危機がある状況の中でさえ、多くの医療的ケア児とそのご家族が避難所への避難をためらっているという現実があるのです。
地域の力が命を守る
こうした課題を受けて、災害対策基本法の改正により、2013年には市町村に避難に助けが必要な方々の名簿の作成が義務付けられました。また、2021年には、避難に助けが必要な方一人ひとりに合わせた「個別避難計画」の作成が市町村の努力義務となりました。
「個別避難計画」には、避難場所と避難先までの安全なルート、医療機器など持ち出す品などが記載されています。その中には、記載項目の一つとして「避難を支援する人」を記載する欄もあります。
いざというとき、近隣の方や地域の関係者の協力は必要不可欠です。地域コミュニティーやご近所との関係が希薄になりつつある今日ですが、地域の防災訓練をきっかけに医療的ケア児の存在を知り、「災害時には私が助けに行きます」と避難時の支援を申し出た地域の住民の方の事例も報告されています。
地域の人が、支援を必要としている子どもの存在を知っていること、それだけでも医療的ケア児とそのご家族の災害時の安心につながります。
災害は、一人ひとりの事情に合わせて起こるわけではありません。だからこそ、避難に時間や支援を必要とする人ほど、早く、安全に避難できる地域であることが大切です。
そのためには、医療的ケア児とそのご家族が周囲に遠慮することなく避難できること、そして困ったときに自然と声を掛け合える地域であることが求められます。
子どもの命を守るのは、医療や制度だけではありません。医療的ケア児とそのご家族への理解を深め、日頃から顔の見える関係を築くこと。私たち一人ひとりの小さな行動の積み重ねが、災害時にかけがえのない命を守る大きな力となるのです。
<参考>