復興の大地に植えられた希望

2019年の最初の植樹風景
10月6日、NPO法人ウルシネクストの佐々木亨さんの車に同乗させていただき、福島駅から飯舘村へ向かいました。
福島県の山あいに広がる飯舘村は、阿武隈山系北部の高原に位置し、豊かな自然に恵まれた村です。美しい里山の風景と農業で知られたこの村は、2011年の原発事故による全村避難という大きな試練を経験しました。
避難指示が解除された後も、耕作が難しくなった農地や、失われた地域の活気という課題が残されていました。そんな中、新たな希望の芽として植えられたのが「ウルシ」の木です。
ウルシといえば、日本の伝統工芸を支えてきた貴重な天然資源です。しかし現在、国産漆の自給率は低く、多くを海外産に頼っているのが現状です。
そこで2019年、村議会議員の佐藤健太さんを中心に「いいたて漆プロジェクト」がスタートしました。
「いずれは村を漆の新たな産地に育てたい」
そんな思いから、最初に植えられた約250本の苗木。耕作放棄地を活用した小さな試験栽培が、飯舘村の新たな取り組みの始まりとなりました。
人と人がつなぐウルシの未来

ウルシの木の周りに追肥を行って芽吹きの時期に備えます
飯舘村のウルシ栽培を支えているのが、NPO法人ウルシネクストです。
当財団も、2019年の試験栽培開始時から助成を継続し、その歩みを見守り続けています。

刈っても刈っても生い茂る雑草と格闘します
ウルシは木を植えれば終わりではありません。数日で驚くほど背丈を伸ばす雑草との闘い、漆液を採取できるようになるまでの長い育成期間など、栽培には根気が必要です。一本一本の木を守る作業は決して華やかなものではありませんが、そこには「この土地にもう一度未来を育てたい」という思いが込められています。
飯舘村がウルシに着目した理由の一つは、その気候です。村の冷涼な環境は、日本有数の漆産地として知られる岩手県浄法寺地域に似ているといわれています。また福島県には会津漆器の伝統があり、生産から活用まで地域連携の可能性も期待されています。さらに天然素材である漆は、環境負荷の少ない持続可能な資源としても注目されています。
試験栽培は少しずつ成果を見せていきました。2019年から2020年にかけて植えられた苗木は順調に成長し、近年では高さ3メートルを超える木も現れました。原発事故後に耕作放棄地となった土地に、再び緑が育ち始めたのです。

神長さん(左)からアドバイスを受ける佐藤さん
また、この取り組みには多くの支援者が関わっています。漆生産者や大学の研究者、会津の漆関係者らも協力しながら技術や知見を共有しています。飯舘村のウルシは、多くの人々を引き寄せ、新たな交流を生み出す存在となっています。
その中心で重要な役割を担っているのが、奥久慈漆生産組合元組合長(現顧問)で漆搔き職人でもある神長正則さんです。
国内有数の漆産地である茨城県奥久慈を拠点に活動する神長さんは、長年にわたり国産漆の生産現場を支えてきた第一人者として知られています。
佐藤さんや佐々木さんたちが木の成長に希望を託し、神長さんが職人の目でその可能性を確かめる。そうした人々の営みが、飯舘村の新しい物語を少しずつ形づくっているのです。
十五辺目で示された確かな答え

漆掻き初日の7月4日。神長さんは漆を掻く木の前に酒と塩、米をお供えしました。皆でウルシに感謝し、作業の無事を祈りました
しかし、飯舘村でウルシを育てるには、常に一つの大きな問いがありました。
「本当に安全な漆が採れるのか」
原発事故を経験した土地だからこそ、その問いは避けて通れませんでした。
どれほど立派なウルシが育ったとしても、安全性が証明されなければ産業として歩み出すことはできません。漆器は椀や箸など、人の暮らしに寄り添う道具に使われます。そのため科学的な安全性の確認は何より重要な課題でした。
この夏、神長さんはウルシの木から少しずつ漆液を採取し、検査に必要な量の検体を集めてきました。
漆掻きは一度で終わる作業ではありません。木に傷をつけ、にじみ出る漆液を採り、再び時間を置いて採取する。

神長さんの手で十五辺目の傷がつけられたウルシの木
そうした作業を一つひとつ積み重ねながら、10月6日、最後の漆液集めとなる十五辺目の漆掻きを迎えたのです。
秋の風景の中で、ウルシの木々はすっかり葉を落としていました。
漆掻きの跡が幾重にも刻まれたその幹に、神長さんが十五辺目の傷を付けていきます。
樹皮の奥にある漆液溝を狙い、形成層を傷つけることなく絶妙な深さで辺を付ける。その刃先のわずかな違いが、採れる漆の量と品質を左右するのだそうです。

丁寧に十五辺目の漆液を搔き集める神長さん
やがて傷口から乳白色の漆液がじわりとにじみ出してきます。神長さんはそれを丁寧に掻き集め、この夏から採りためてきた漆液に加えていきました
こうして採取された漆液は、佐々木さんの手に託され、郡山市にある福島県林業研究センターへと持ち込まれました。いよいよ放射能検査が行われます。
広い敷地内を歩きながら待つこと約20分。
やがて林業研究センターの職員から結果が告げられました。
「Not Detected.(不検出)」

飯舘村で育ったウルシから採取された漆の安全性が、科学的な検証によって確認された瞬間でした。
原発事故以来、多くの人が抱いてきた不安や懸念に対し、一つの確かな答えが示されたのです。
さらに、検体として採取された漆液について、神長さんは「良質な漆」と評価しました。長年にわたり全国の漆産地で漆と向き合ってきた専門家の目から見ても、その品質の高さがうかがえたのです。

検査用の容器に移し替えられる漆液。神長さんから「とても質の良い漆だよ」とお墨付きをいただきました
安全性が確認され、品質についても高い評価が得られたことは、飯舘村のウルシ栽培に携わる人々にとって大きな励みとなりました。将来の産業化に弾みをつける出来事であり、この土地で育つウルシへの期待をさらに高める結果となったのです。
検査結果は、人々が抱いてきた期待を科学的に裏付けるものでした。長年育ててきたウルシの歩みに確かな手応えが加わり、飯舘村の取り組みは新たな段階へと進もうとしています。
広がるウルシの夢
今回の「Not Detected.(不検出)」という結果は、飯舘村におけるウルシの産業化に大きな弾みをつけました。

神長さんの作業を見つめる飯舘村の佐藤さん
耕作放棄地から始まった小さな試験栽培は、地域再生を支える可能性を秘めたプロジェクトへと成長しています。
生産だけではありません。「飯舘村産の漆」はやがて日本の伝統文化を支える日が来るかもしれません。漆器として人々の暮らしを彩るだけでなく、国宝や重要文化財などの修復に用いられる国産漆として活用される可能性もあります。
原発事故によって傷ついた土地から生まれた飯舘村産の漆が、今度は日本の文化や歴史を支え、次の世代へ受け継がれていく。その大きな夢が、「Not Detected.(不検出)」という結果と、神長さんが認めた良質な漆によって、少しずつ現実のものとなり始めています。
飯舘村には「までい」という言葉があります。方言で「丁寧に」「心を込めて」という意味です。

ウルシの実(種)。さらに良いウルシを開発するために、神長さんが持ち帰りました
ウルシは植えてすぐに実りをもたらす木ではありません。漆液を採取できるまでには長い年月が必要です。手間暇を惜しまず、丁寧に育て続ける。その姿は、まさに飯舘村が大切にしてきた「までい」の精神そのものです。
かつて失われた農地に新たな命が根を張り、人々の思いが重なり、次の世代へ受け継がれていく。そして今、安全性が科学的に確認されたことで、その可能性はさらに大きく広がろうとしています。
一本のウルシの木を育てることは、一本の未来を育てることです。飯舘村のウルシ畑には、復興への願いがあり、人と人を結ぶ絆があり、日本の文化を未来へ受け継ぐ希望があります。
「Not Detected.(不検出)」は終着点ではなく、新たな出発点です。
飯舘村で育つウルシは、やがて漆器となり、文化財を守り、人々の暮らしを彩りながら、日本の伝統文化を次代へ受け渡していくでしょう。
復興の大地に植えられた希望の木は今、確かな安全性と可能性を手にして、力強く成長を続けています。