2022年北京パラリンピック大会を目指して新しい選手を発掘

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写真提供:日本パラアイスホッケー協会

日本のパラアイスホッケーの現状

一般社団法人日本パラアイスホッケー協会は日本におけるパラアイスホッケー競技界を統括し、代表する団体です。パラアイスホッケーの普及および振興をし、パラリンピック競技大会や世界選手権大会へ向けて競技者の育成強化を行っています。

パラアイスホッケー日本代表は、2010年のバンクーバーパラリンピックで地元カナダを破り銀メダルを獲得する快挙を成し遂げ『バンクーバーの奇跡』と讃えられました。しかし、その後の2014年ソチパラリンピックには出場すら出来ず、2大会ぶりの出場となった2018年ピョンチャンパラリンピックでは勝利を上げることができませんでした。

日本の敗因として選手層の薄さがあげられます。もともとアイスホッケーが盛んな北米やヨーロッパ諸国と異なり、日本での競技の知名度は決して高くありません。
そして練習環境も、他の氷上競技との兼ね合いから、練習できる時間は深夜や早朝になることが多々あります。

この様な状況で日本が選手集めに苦戦し代表の平均年齢が40歳を超える一方で、強豪国では20代の選手が多く活躍しているのです。

現在日本国内でのパラアイスホッケーの競技人口は50名ほど。国内の大会であれば健常者も出場することができることもあり、その数を含めると70名ほどです。しかし、国際パラリンピック委員会(IPC)公式競技大会および公認大会への参加は、『通常のアイスホッケーの試合に出場できない永久的な障がいを持つ選手でなければならない』と規定されています。

2022年北京パラリンピックに向けてこの競技の魅力を広め、より多くの人に選手やサポーターとして参加してもらえるようにすることが必要です。

スピードとパワーで魅了する氷上の格闘技

パラアイスホッケーは、下肢に障がい(片足・両足切断、麻痺、足首などが動かせない機能障がい)を持つ人たちのために、「アイスホッケー」のルールを一部変更して行うスポーツです。選手は「スレッジ」と呼ばれるスケートの刃を2枚付けた専用のそりに乗り、2本の短いスティックで氷をかいてスレッジとパックを自由自在に操りながら、相手のゴールを目指します。選手ごとに障がいの程度は様々ですが、選手の障がいレベルにあわせた持ち点制はありません。

そんなパラアイスホッケーは冬季パラリンピック競技で唯一のゴール型スポーツであり、氷上の格闘技と呼ばれるほど激しいスポーツです。腕力だけで進んでいるとは思えないスピードでアイスリンクを所狭しと走り回るスレッジと、時に時速100キロ近くでとぶパック、スティックが折れるほど激しいボディチェック(体当たり)やフェンス際の攻防は誰もが興奮するスポーツです。

ご支援をお願いする内容

パラアイスホッケー競技普及のための体験会及び講習会の開催

写真提供:MA SPORTS

灯を受けつぎ広めるための体験会

『バンクーバーの奇跡』とまで言われた日本のパラアイスホッケーの灯を消させないためにも、もっと多くの人にこの競技の魅力を知ってもらい、選手やサポーターを増やす必要があります。2020年に開催される東京パラリンピックの効果で、パラリンピックスポーツがメディアに取り上げられる機会は増えています。私たちは、この機会を逃がさず体験会をとおして競技を広めていきたいと考えています。

今回の体験会では新人発掘と競技普及を目的としています。新人を発掘することは競技人口が増えることであり、選手間の競争を図ることができ、チームの底上げにつながります。パラアイスホッケーにかける思いを新しい世代へつなげ、共にパラリンピックをはじめ世界大会で戦うことを目標としています。

また、パラアイスホッケーは健常者も含め誰もが楽しめるスポーツです。スレッジに乗れば健常者も障がい者も同じ条件でプレーできます。この競技を広めることで子どもから大人まで、障がい者、健常者関係なくパラアイスホッケーを通して一緒に楽しんでもらい、心のバリアフリーを目指していきます。

そのために体験会に必要なスレッジやスティック、防具(エルボーとグローブ)運搬ケースの購入する費用についてご支援をお願いいたします。

日本代表で活躍している選手の想い

須藤 悟  選手
(ピョンチャンパラリンピック日本代表)

写真提供:小金澤周平/公益財団法人苫小牧市体育協会

日本代表のキャプテンとしてパラリンピックの舞台に立てるなんて想像もしていなかったです。すべては体験会から始まりました。人との出会いに感謝し、パラアイスホッケーに打ち込んでいます。誰もが体験会に参加しやすい場所となり、パラアイスホッケーの魅力が伝えられる体験会にするため、ぜひご支援をお願いいたします。

プロフィール

1970年生まれ北海道出身。高校卒業後入社3年目の20歳の時に仕事中機械に巻き込まれて両脚を切断し足がまっすぐのままで膝が曲がらない障がいを負う。パラアイスホッケーとの出会いは2年間のリハビリと生活に慣れてきた頃、スポーツをはじめたいという思いから膝が曲がらなくてもできるスポーツを探していたところ母親から地元紙に載っていたパラアイスホッケーチームの記事を渡されたのがきっかけ。それから20年間パラアイスホッケー選手として活躍し、現在は日本代表のキャプテンとして監督から「一生パラホッケーをやめさせない」と言われるほどチームにいなくてはならない存在。

 

熊谷 昌治  選手
(ピョンチャンパラリンピック日本代表)

写真提供:小金澤周平/公益財団法人苫小牧市体育協会

子どもたちは足がないお父さんを他人に見せたくないだろうと思っていましたが、私のことを自慢に思ってくれている3人の子どもたちに感謝し、いつまでもカッコいいお父さんでありたいという気持ちがあるため自主練に励んでいます。自主練を行っていくうちに少しずつ参加する選手が増えていきピョンチャンパラリンピックに挑むことができました。2022年北京パラリンピックに向けて、体験会は初めの一歩となります。多くの仲間を募っていきたいので体験会へのご支援をお願いいたします。

プロフィール

1975年生まれ長野出身。2008年の夏、33歳の時にバイク事故が原因で右足のひざ下を切断。パラアイスホッケーはバイクショップで知り合ったバンクーバーパラリンピック銀メダリストの吉川選手からの誘いで始め、ピョンチャンパラリンピックでは家族の存在を原動力に活躍。現在は日本代表の副キャプテン兼エースとしてチームを引っ張っている。

日本代表ヘッドコーチより「自分にもできる。」

僕自身、アイスホッケーの経験者です。プロを目指していたし、本当にアイスホッケーが好きでたまらない。

だから大勢の人にホッケーを楽しんで欲しいしチームを強くしたい。その一心で活動を続けています。

体験会を開いて選手を増やし、競争力を高めることは時間がかかるけれど大切なことです。

何より、体験会を通じて「自分にも出来る」ことを分かって欲しい。体験会で始めはおっかなびっくり氷に乗っていた子も、新しいチャレンジから顔がこわ張っている大人も次第に笑顔になっていく。

氷の上では自由なんです。そういう瞬間は本当に嬉しいですね。

一般社団法人日本パラアイスホッケー協会
理事長 中北浩仁

体験会に使用する競技用具を購入

寄付金はパラアイスホッケー競技の普及と、次世代を担う選手発掘を目的とした体験会(北海道、兵庫、長野、熊本などを予定)に使用する競技用具を購入するための「パラアイスホッケー競技普及のための体験会及び講習会の開催」事業に充てます。競技人口の増加により選手間の競争を活発にし、チームとして2022年北京パラリンピック大会の出場を目標としています。

総額 1,600,000円
募集額 1,500,000円
内訳
  • 消耗品費640,000円
  • 備品費960,000円

Youtube:Para Ice Hockey: Sports of the Paralympic Winter Games

一般社団法人日本パラアイスホッケー協会 理事長 中北浩仁

  • 一般社団法人日本パラアイスホッケー協会理事長兼日本代表チーム監督
    1963年生まれ香川県高松市出身。6歳からアイスホッケーを始め、1972年札幌五輪を見てカナダのプレーに憧れ、カナダ大使館に乗り込み、留学を直訴。そこで偶然出会った日本リーグの選手の働きかけで、中学卒業後単身カナダへ。カナダの高校を卒業後アメリカの大学へ進み、NHLを目指して全米大学体育協会(NCAA)リーグでもプレーしたが、大学4年の時、右膝の靱帯を断裂し、現役を引退。大学卒業後は日立製作所に就職しホッケーから離れていたが、車椅子バスケットの監督だった会社の部下に頼まれ、2002年ソルトレーク大会後日本代表監督に就任。現 日立アジア社会長。